心と身体の密接なつながり

 うちで測ると正常の血圧なのに、医療機関でことに医師の前に座って測ると上がってしまい、「高血圧症」と診断されることがあります。「白衣高血圧」と言われています。経験のある医師なら、そうした現象が起こることを十分承知していますから、一度高い数値が出たからといって、すぐに高血圧だと診断することはありません。しかし、若い医師では、そうはいきません。これは大変だと、すぐに降圧剤を処方したりします。もともと、悪くないわけですから、血圧を下げる薬によって逆に体調を崩してしまうことにもなりかねません。

 中には、家庭で測定できる血圧計のせいにして、「うちの器械はアカンわ。病院で測ってもらったときと全然ちゃうもん。」と文句をいう人もおられます。しかし、血圧は自分の気持ちや身体の活動により影響を受けやすく、いつでも変動しているものなのです。特に高齢になるとその傾向が強くなります。医師としては、本当の異常と見かけだけの変化を見分ける力が必要だということです。それには、人間というものに対する深い関心がいるとつくづく思います。その観点から毎日診療を行いながら人間を観察していると、改めて人間の面白さと難しさ、不思議さに気付き、考えさせられることばかりです。

 診察に先立って、問診票というものを多くの医療機関では記入していただくようになっています。整形外科の診療でも、「いつから、どこが、どのように具合悪くて、これまでどのように過ごしてこられたか」詳しく書いていただくようお願いしています。診察室ではその質問票を見ながら、確認や追加の質問をさせていただき、必要な情報を書き加えていくことになります。たいていはもともとご本人に書いていただいた内容よりも情報が増えることになります。しかし、中には、書き加える余白がないくらいびっちりとこれまでのことを書いていただいている方に出会います。実は、こうした質問票を見ると、慎重に診察し始めることにしています。

 皆さんは「パニック障害」という言葉をご存じでしょうか? 以前、不安神経症などと呼ばれていました状態に当たります。100人に1〜3人に見られるということですから、決して珍しい病気ではありません。典型的には、突然、めまい、動悸、手足のしびれ、吐き気、息苦しさなどの症状が出現し、強い不安感に襲われる「パニック発作」で始まります。さらに厄介なことに、その発作がまた起こるのではないかと不安になるという繰り返しが起こり、次第に慢性化することになります。長期化すると、不安になったときに逃れられないことから生活の範囲を限定していく「広場恐怖症」になってしまいます。

 パニック発作は特別な処置を受けなくても1時間程度で回復するのですが、多彩な症状におびえて、医療機関に飛び込んだり、救急で受診したりします。病院では、心電図や血液検査といった検査を行うのですが、通常、異常が見つかることはありません。担当医に、「気のせいでしょう。大丈夫ですよ。」と言われて帰宅することになります。しかし、残念なことに、そうした対応では、心に住み着いた不安の解消にはつながりません。ますますどうしたらよいか分からなくなり、納得いく説明や対応を求めて医療機関巡りを続けることになります。そこでの医師から受ける説明が必ずしも一致しないことから、不安は消えるどころか増強してしまい、場合により医療そのものへの不信にも発展してしまいます。そして、また同じような発作が生じるのではないかという不安にかられ、進退窮まってしまうことになります。

 治療では、落ち着いて患者さんのお話をじっくりと聞き、この疾患について医師からの医学的な説明を分かりやすく行い、心理教育を行うことが重要といわれています。つまり、発作時の症状は健康な身体に起こる緊急時の反応と同じであり、発狂したり、後遺症を残したり、まして死に至ることなどないことを十分理解していただくことになります。

 先ほど例に上げた、問診票をいっぱいにするほど記入される患者さんの中には、「パニック障害」に似た状態の方が含まれている可能性があります。そこで、予め心に準備をして、慎重に診療を開始するのです。

 病気が起こった経過を振り返りながらお話を伺うのですが、こちらが整理できるようにし向けないと話しがあちこちに飛んでしまうこともよく経験します。医師の前で緊張されているせいでもありますが、きちんと客観的に経過を振り返ることができないこと自体、不安が大きい証拠でもあると思っています。そこで、流れをまとめてから、これまでの医師の解釈と私がお話しすることに違いがあっても、それをそのまま受け入れて欲しいとお願いをします。レントゲンの読みや検査結果は医師間で違った意見となることはまずありません。しかし、その所見の解釈や治療方針という判断においては、基本的な考え方、経験や視点によって、ひとり一人異なり、患者さんが想像されているように常に一致するわけではないからです。

 その前提で、私から症状の起こるメカニズムについての説明をして、解決につながる方法を一緒に考えていくようにしています。検査をいくらしても異常が見つからないといって、「気のせいで、大丈夫」という風に決めつけるのは、患者さんにとって困惑する説明に違いないと思うからです。心と身体は連結しているのですね。気の持ちようが、身体を悪い状態にも良い状態にもどちらにも誘導していくのです。診療していて、同じ病気に対して、同じ処置をしても、治療効果が人によって同じでないことはよく経験します。つまり、早く治っていく人となかなか良くならない人がおられるのです。体質が関係している部分もあるでしょうが、気の持ちようが大いに影響していると私は想像しています。タイプでいうと前向きで楽天的、そして積極性があって自分のことは自分で決めないと気が済まない人は効果が上がる気がします。反対に、後ろ向きというか悲観的で、物事に対して消極的で受け身の方はうまくいかない場合が多いようです。医療者としては、できるだけ効果が上がるように、サポートしていきたいのですが、後者のモードにはいると難しいことも現実です。自分で自分を見つめていくことが、大事ということでしょうね。