桃園荘

桃園荘
島田病院は昭和30年に、当時の死亡原因2位の結核に取り組むため、羽曳野市野々上で結核療養所を開設しました。

当時、その一帯には「桃の木」が植えてあり、花の時期はとても美しかったと聞いています。

結核療養所には『桃園荘』という呼び名がありました。療養所は元学校校舎、運動場もありました。
運動会もあったし、患者さんは花や野菜を植えていました。