読み物BOOKS

2001.08.01

プチトマト 2001年8月号

 治療というと、本来は、何らかの肉体的・精神的ダメージを被った方が、可能な限り、元の生活に回復し、その状態を安定して継続できるようにする過程をすべて含んでいるはずです。しかし、実際には、治療は、傷んだ箇所の修理に終わってしまっている傾向があります。
 たとえば、骨折の場合を考えてみましょう。生きている人間には、機械と違って、自然治癒力という修復能力があります。骨が傷んでも、端と端が向き合ってじっとしている状態を作ってやれば、新しい「化骨」という骨ができて、その間を埋めてくれます。そのおかげで、元通りの骨に治っていくのです。折れた箇所が大きくずれてしまっているような場合、整形外科医は二つの段階の処置を考えます。一つ目は「整復」という操作です。ずれを元に戻して、元の並びに近づけるという処置です。傷を付けずに外から引っ張ったり、押したりして行う場合と、手術をして、行う場合があります。当然、される方は痛いですから、通常は、麻酔して痛みを取った上で、行います。二つ目は「固定」という処置です。これも、外から板を当てたり、ギプスを巻いて行う場合と、手術をして金具で固定する方法を取る場合とがあります。こうして、端と端をできるだけ近づけて、そしてぐらぐら動かないように安定させて、後は、自分の力で骨がくっついていくのを待つことになります。
 骨の場合はその様子がレントゲンを撮れば観察できるので、どれくらいくっついてくれたか、判断することができます。しかし、アキレス腱の場合など、レントゲンに映りませんから、これまでの経験や、触った感触とで、判断することになります。ともかく、くっついたことが確認できるまでは、その箇所を動かないようにしなければなりません。患者さんに対して、医師が活動の制限を指示するのは、そのためです。
 さて、問題は、くっついたと確認できてからです。残念なことに、冒頭お話ししましたように、医師の中には、この段階で、自分の役目が終わったと勘違いする人がいるのです。折れた骨や切れたアキレス腱がくっつけば、その箇所の修理は完了したというわけです。一方、当のご本人は、「くっつきましたよ」と言われても、どうしてよいか分かりません。第一、「歩いてもいい」と言われてもどうやって歩けばよいか、分からないのです。こうした事例は決して珍しいものではありません。むしろ、一般的な日本の診療のあり方かもしれないのです。悲しいことですが、これが、今の日本での「治療」の考え方であり、現実の姿でしょう。
 「QOL」という考え方があります。“Quality of Life”の頭文字を取ったもので、「生活の質」とか「人生の値打ち」などと訳されています。しかし、何かしっくりときません。私の友人で「あぁ、生きていてよかったという実感」という表現をしている人がいますが、この感じが近い気がします。皆さん、医療機関を利用されるのは、どんなときでしょうか?「風邪を引いたみたいだ」「駅の階段からこけ落ちて足首を痛めた」「どうもこの頃食欲がない」「隣のご主人がガンで入院されたと聞いて、自分も不安になってきた」など、さまざまな理由で受診されます。誰でも病院に行きたいと思ってはいません。できるならあまり近づきたくはない場所です。それでも、受診されるという行動の背景を考えてみると、単に、痛いから、具合が悪いからというだけではないことに気付くことがあります。「腰が痛い」と受診された方に、よく伺ってみると、「もうすぐ海外旅行の予定があるけど、長い時間飛行機に乗っても大丈夫だろうか」という気持ちで来られたことが分かります。スポーツ選手では、「今度の試合に万全の状態で出場できるだろうか」と不安を抱いてこられたりするのです。つまり、単純に、「痛いから」ではなく、「痛くて何々ができない」「何々をするのに不安がある」そんな悩みを持っておられることが聞き取れるのです。こうした事例をたくさん経験していると、結局、人が受診するのは、その人の「QOL」が下がったときだということに総括できるのではないかと考えるようになりました。そうすると、私たち医療スタッフの仕事は、単に痛みを取ったり、折れた骨をくっつけることではなくて、下がってしまった「QOL」を元に戻すような技術を提供することになります。
 私自身、歯が痛くなってもあわてて歯医者さんのところには行きません。あの機械の音を考えただけでも足がすくみます。しかし、好物の堅いものが食べられない事態となるとすぐに助けを求めに行くでしょう。
 その方の傷ついたQOLを元に戻すお手伝いをするのが医療の役割ということになります。これまで「保健活動」と呼ばれていた仕事も、さらには、「福祉」といわれていた分野も、この「その方のQOLを保持する活動」と捉えれば、私たち医療スタッフの大切な仕事といえると思います。医療というと治療に近い印象を持つことになるので、私はこの仕事をひっくるめて「ヘルスケア」と呼ぶことにしています。
 こうした考え方に基づいたケアを提供するとき、基本となるのが「リハビリテーション」です。そこでは、傷んだ箇所の修理に終わらないケアを考えて実践することがうたわれています。それは、病気やケガといった「疾患」を相手とするのではなくその人の「障害」を分析して対応しようとする活動となります。
 次回はこの「障害」という捉え方について、お話ししたいと思います。



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