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2000.09.01
腰と一口に言っても、さまざまな組織でできあがっています。軸となる骨組みは、「脊椎」です。この脊椎は一個一個が積み重ねられて、頭を支え、骨盤までつながり、人間の生活上の動作で、軸として働きます。「あの人はバックボーンが、しっかりしているから…」などという言葉を時々耳にします。バックは「背中」、ボーンは「骨」ですから、まさに、「背骨」のことを意味しているのですね。何事もこうした軸となるところがしっかりしていないとうまくいかないということだと思います。
この脊椎は高齢になって骨がもろくなると、傷みやすくなります。尻餅をつくと、縦につぶれるように骨折を引き起こし、痛みを伴います。これを「圧迫骨折」と言います。これは明らかなケガです。でも、特にこけたりしなくても自然に形が小さくなっていく場合もあり、この方が多いくらいです。
昔のおばぁちゃんは縁側で猫を膝にのせて、こっくりこっくりと居眠りをしていました。おばぁちゃん達の背中は大概丸くなっていました。これは、自然に形が変わってなったもので、全部「骨折」という一回の出来事で起こったものではありません。また、年と共に、身長が低くなる方もおられると思います。これは、背骨が変化したためです。決して足が短くなったためではありません。一個一個の背骨が縦に小さくなり、丸くもなるので、測ってみると「若いときより、10センチも低くなった」なんてことが起こるのです。でも、これは病気ではありませんね。悔しい気持ちにはなりますが、あまり気にしないで、もっと低くならない注意をすればよいと思います。
レントゲンでは、どちらも同じように縦につぶれた形となっています。整形外科医のように、骨のレントゲン写真を見慣れた人にとっては、この変化が、新しく、急に、起こったものか、または、徐々に起こった古いものか、おおよその見当がつきます。しかし、あまり慣れていない人が見ると、同じに見えます。そこで、古いもので、自然と変化したものまで「圧迫骨折」と診断してしまうことがあります。徐々に起こったものなのに「一ヶ月間は安静で、寝ておくように」などと指示されては、大変です。ますます骨は弱くなるし、身体の力も落ちて、歩くことができない状態にすらなってしまいます。骨がおかしいと言われると、びっくりして、大事に大事にしようとするものですが、それではますますよくない方向へいくということを十分に頭に入れてほしいと思います。つまり、この変化は、老化の一つの形なのです。逆らわず、かといって悲観しすぎず、うまく対処の方法を考えてほしいと思います。以前に「骨粗鬆症」について、お話ししました。運動の大切さを思い出してください。
脊椎(骨)が痛む原因として、やっかいなのは、細菌や腫瘍(ガン)の場合です。整形外科医がレントゲンを撮るのは、こうした重大な病気ではないことを確認したいからです。私が整形外科医になった二十数年前には、整形外科の病棟にはどの病院でも「脊椎カリエス」といって骨の結核の方が入院しておられました。今ではすっかり珍しくなりましたが、最近、当院でも、21歳の男の子の頸椎カリエスがありました。忘れてはならない病気の一つだと思います。しかし、昔と違って、結核によく効く薬がたくさんありますから、きちんと服用すれば、それほど怖い命取りの病気ではなくなりました。
その点、「ガン」はいやらしい病気です。骨から出てくるガンはそれほど多くはありません。しかし、ガン細胞は、非常に旺盛な生命力があり、どんどん増殖します。もちろん細胞の種類によっていくぶん性格は違いますが、隣の組織にも浸潤していきますし、時には、血液を伝わって別の場所に腰を落ち着けて増殖することがあります。これがガンの「転移」です。私たち整形外科医は、ガンが骨に転移して、痛みが出た時に、診察することがあります。もともと、ガンの治療を受けておられて、検査で転移が分かったという方もありますが、転移して、痛みが出て、そこで初めて、どこかにガンがあるのではないかと気付かれる例もあります。もっと悲しい例では、ガンの転移のために、骨がもろくなっており、寝返りなど簡単な動作で骨折を引き起こして分かるような時すらあります。
こんなことを書いていると、痛みが出るたびに自分がガンではないかと心配されると思いますが、ガンの転移の時の痛みは特殊なものです。安静にして収まるタイプの痛みはあまり不安になられない方がよいと思います。また、最近では痛みを取る方法が随分進歩してきて、ガンの痛みも95%までは確実に取ることができると言われています。「ガンだけは嫌だ」と言う声を聞くことが多いですが、それは痛みに対しての不安からではないかと思います。私自身は、ガンであっても、上手に痛みを取れるのですから、死に方の一つとしてそんなに受け入れられないものではないのではないかと考えています。
ともかく、前回も書きましたが、整形外科の診察では、どの場所が、いつから、どのように痛むのか、それは、どんな時に強くなり、どうすれば楽になるのか、と言う患者さんからの情報を頼りとしてこうした重大な病気かどうかを判断していきます。診察室に入ると、患者さんの緊張感から、また、残念なことですが、医師の偉そうな態度や忙しそうなそぶりから、肝心な対話が十分に行われなくなりがちです。受診の時には、これまでの経過や、お聞きになりたいことをメモにして、持参され、要領よく伝える工夫をされることをお勧めします。
今回は、骨が原因の腰痛症についてお話ししました。次回は「椎間板ヘルニア」について、紹介しましょう。