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2000.04.01
私は整形外科医です。整形外科の守備範囲をご存じですか? 今は学問がどんどん細分化しています。医師である私ですら、患者さんが困っておられる状況を解決するのにもっとも相応しい専門家を捜す時に迷うことがあるくらいです。皆さんは、整形外科は、骨折などのケガを診たり、腰痛や膝の痛みなど、運動器の障害を診る診療科目であることをご存じでしょう。でも、整形外科にも、手の外科、骨腫瘍、スポーツ医学、股関節外科、膝関節外科、脊椎外科などたくさんの分野があります。そして、それぞれに専門家がいます。以前は、整形外科が何かは、あまり知られていませんでした。
もう20年近く前のこと、友人とミナミへ飲みに行った時の話です。高校時代の友人が、私が医者で、整形外科が専門だとばらしてしまいました。それからが、大変です。お店の女の子たちに、「まぶたを二重にしてくれへん」、「お腹の脂肪が気になるねん」、「男の人って、やっぱり、おっぱいの大きい人が好きやろ」「顎の肉がぶら下がってるみたいなことない」などと急にもてはやされます。初めは、適当に相手をして、それなりの回答をしていていますが、だんだんしんどくなります。第一、本当の専門家ではありませんから、真剣な悩みに対しては困ります。そこで、「ちゃうんや、整形外科いうのはな、きれいにするのと違うんや」とあわてて解説をすることになります。半分くらい聞くと「何や、ちゃうんかいな」と、先ほどの熱っぽい雰囲気がさーっと引いて、冷ややかな雰囲気になってしまい、寂しい気分を味わいました。
彼女たちの要求は美容外科に行かないと解決しません。美容外科はその頃「美容整形」と呼ばれていて、これが、混乱の原因になっていたようです。より美しくなりたいと願う方(主に女性でしょうが)の希望を叶える分野です。しかし、これは、病気ではありませんから、ほとんどの場合、医療保険のカバーはありません。かなりの出費を覚悟しなければならないことになります。一方、誠に紛らわしいのですが、「形成外科」という学問もあります。これは、何をする分野でしょうか?
整形外科は機能を考える学問です。関節が本来の働きをしているか、もし障害があれば、それを解決しようとします。相手にするのは、骨や関節、さらには筋肉です。つまり、身体の中、皮膚の下にあるものを対象として治療します。火傷の後が引きつって醜くなったり、皮膚が突っ張って関節の動きを制限するほど強い障害がある場合、これを解決するのは「形成外科」です。同じように関節の障害でも、原因が関節そのものにある場合は整形外科で、皮膚が原因の場合は形成外科ということになります。形成外科では、先天的な形の異常も取り扱います。耳たぶの形がおかしい時など、彼らが対応します。しかし、耳の中にまで異常が及ぶと、今度は耳鼻科の先生の担当となります。本当に、ややこしいですね。
右の人差し指を深く切って、大学病院の整形外科を受診した人の話を聞いたことがあります。長い時間待って、ようやく先生の前に座ることができました。「どうしましたか?」と問われて、ケガした指を差し出すと、隣の部屋の先生に診てもらうようにいわれます。怪訝な思いで隣の先生に、「どうして、こちらに来るようにいわれたんでしょうか?」と尋ねました。「彼は、女性専門だからね」という答えです。「整形外科やのにおかしいな。まぁ、いいか、ようやく診てもらえるんだし」と、手を差し出したとたん、その医者は隣の部屋を指差します。仕方なく移動して、同じ質問をします。「彼は足専門だからね」もう一度、診てもらおうと、右手を差し出します。彼も、また、隣の診察室を指差します。やれやれと新しい先生の前に座ります。今度の先生は、慎重に右手を覆っていた包帯をはずしてくれます。ようやく治療が受けられると思ったとたん、その医者が、申し訳なさそうに言うのです。「もう一度移っていただけますか? 私は中指専門なもので」 これは決して実話ではありませんが、何となく真実めいて聞こえる話と思いませんか?
整形外科の話しに戻りますが、私はこの学問の目的は結局、骨や関節に生じた問題点によって生じたその方の個人的な課題を、医学的な技術でもって解決することだと思っています。治療効果を上げるには、人間的なアプローチも不可欠です。いずれにしても、自分ではどうにもならない課題を、可能な限り元に返したり、影響を少なくするのが仕事だと思います。薬や手術、ギプスは、その目的を叶えるための方策なのです。それ自体が仕事ではなく、方法のひとつなのですね。でも、実際は、技術を身につけた医師たちは、積極的にその腕を披露したくなります。そこで、利用者の方と治療に当たるものとの間で微妙な誤差が生まれるのかもしれません。
整形外科に限らず、ヘルスケアというものは、お互いの対話の中から、一緒に方法を探し、対策を講じていくものではないでしょうか。医療による効果は不確実で、しかも、大きな限界も持っています。専門分野の複雑なことをお話ししましたが、いざというときのためには、詳しい状況に耳を傾け、理解した上で、適切なアドバイスをいただける方を持っていることが大事ですね。その方の紹介で、相応の専門の技術者に巡り会う確率が高くなるでしょう。一人の技術者だけで対処できる範囲が広がってしまった現代では、総合的な見地でものが見える立場の人が貴重に思えてなりません。