読み物BOOKS

2000.01.02

プチトマト 2000年1月-2号

<子供の骨折>
 「最近の子供はすぐに骨を折る。昔の子供は、そんなことはなかった。」という声があります。整形外科医の間でも話題になり、15年ほど前、学会で取り上げられたことがあります。しかし、この種の調査は難しいということが良く分かりました。過去のデータをどうやって集めるか、記録が残されていないのです。そういえば、そんなに簡単に医者に行って、レントゲンを撮るなどということはしませんでしたよね。ケガすると、母親がつばを付けるか、「チチンプイ」などと、まじないを唱えるのが、一般的な対処ではなかったかと思います。それでも心配なら、今でいう「接骨院」でしょうか、「柔道の先生」や「骨接ぎ」のところに連れて行きました。ですから、どれくらいのケガがあったのか、調べようがないのです。学会の結論は出ませんでした。
 しかし、昔と今とで、骨折の件数についての比較はできないので、増えたかどうか定かではないけれども、骨折のタイプが重症化しているのではないかという意見が出ました。その主張にはうなずく先生方がたくさんおられました。今の子供たちの骨は、折れやすいかどうかは分からないが、いったん折れるとひどい折れ方をするというわけです。
 なぜそんなことが起こるのかと議論になりました。栄養的には、昔より条件はいいはずです。しかし、インスタントの食品や甘いものの取りすぎを指摘する声もあります。魚を食べないようになって、カルシウムが不足しているという意見も出ました。母親の中には、自分で、さばくことができないので切り身しか買ってこない人とか、むしるのが面倒くさいのでしない人とか、生魚の臭いが駄目という人とかが多いというのです。それでは、確かに食卓に魚料理が上がることが少なくなります。でも、子供たちの体格は数段良くなっています。西洋型の食生活のせいでしょうか、すらりとしたスタイルの子供たちは、戦前の胴長短足の日本人とは明らかに違います。栄養だけで、ひどい骨折が起こるということを説明することはできませんが、育ち盛りに十分なカルシウムを摂ることが重要なのはいうまでもありません。
 一方、体力的には、残念ながら、年々低下しているという気になるデータもあります。特に、柔軟性が問題です。身体が固くなってきているのです。まっすぐに立って膝を伸ばしたまま、体を前に倒していきます。普通、指先は地面に着きます。柔らかい人では、手のひら全体を着けることができます。ところが、この前屈で、地面に指先の届かない子供たちが増えているのです。また、足の裏全体を床に着けたまま、しゃがむことができない子供たちも多くなりました。かかとを浮かさないと、しゃがんだ姿勢が保てないのです。アキレス腱が固いためといわれています。この子たちは、和式のトイレで用を足すことはとても難しいということになります。こういう風に柔軟性がなくなると、とっさの時に身を守ることが下手になることは想像できます。これは、折れ方がひどくなる一つの理由かもしれません。
 ちょっと話はずれますが、昔の日本の生活様式を思い出してください。今とはずいぶん違いますね。その良さを振り返る意見があります。和式トイレが良い例です。尾籠な話ですが、女性の場合、一日に数回は嫌でもしゃがむことになります。これがよい運動になるというのです。洋式トイレは確かに便利で楽ですが、そのために運動の機会がなくなったというのは、とても面白い見方ですね。また、ベッドと布団も同じことがいえます。布団で休むということは、毎日、寝間を用意し、朝起きれば、押入に夜具を片づけなければなりません。その作業は、かえって良い運動といえるかもしれません。できるだけ、身体を動かして、どうしてもできないようになってから、ベッドの生活にするというのが、正しい使い方かもしれませんね。いすの生活と畳の生活でもそうです。床から立ち上がる動作は、簡単なようですが、大変な作業です。自分の身体に痛いところや動きにくいところがあると、この和式の生活はとても不便です。その場合は、うまく環境を整えることは大切です。しかし、元気な人があまりに便利な生活にはまりこんでしまうと、身体の機能が低下してしまう危険性があります。電化生活にしてもそうですが、便利になる一方の生活というのは、身体が衰えやすい環境でもあることを忘れてはなりません。
 さて、子供たちの話に戻ります。遊び場が無くなったこととか、集団での遊技の機会が減ったことを原因として上げる意見が出ました。アスファルトなど舗装道路は、車社会にとって便利ですが、子供たちの遊び場にはなりません。土の上で、相撲取りや鬼ごっこをして走り回っていた子供たちは、その遊びを通して、集団でのルールを学びました。また、とっくみあいをして、お互いに転げ回って遊びながら、転び方、こかされ方もうまくなっていたのかもしれません。塾通いに明け暮れ、一人で部屋の中にいて、テレビゲームに熱中する今の子供たちとは違います。
 ある少年サッカーチームでは、一年間のケガを調べてみて驚きました。サッカーですから、手はあまり使いません。足のケガが多いだろうと思っていたら、何と、手首の骨折が一番多かったのです。飛び上がっているときに足下をすくわれたり、競い合いで押されたりして転倒するときに手をつきます。その時に起こるのです。そこで、新しく入ってきた少年たちに、サッカーの技術を教える前に、「柔道の受け身」を教えることにしました。こけ方が下手くそのために、簡単に折れてしまうのではないかと考えたからです。同時に、柔軟体操を徹底的に指導しました。また、ウォーミングアップを十分にしてから練習するよう注意しました。こういった対策がうまくいきました。そのチームでは手首の骨折する少年が急激に減ったのです。これは、いくつかの教訓を与えてくれる話です。
 教育制度や社会の生活様式の変化を個人の力で変えることは困難です。しかし、こういった今の私たちを取り囲む環境を見つめ、その良いところと問題点を見極めて、自分たちなりに、対応策を講じることは可能でしょう。ことに、私たちの将来を背負う子供たちが、元気でのびのびと育つ環境を整えることは、今の大人たちの責任ではないかと思っています。



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