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2025.12.06

目に見えるものから分かること(2025.12)

 

 私たちは自然の中で生きています。その自然をただ受け入れるのではなく、自然を通して世界というもの法則やあり方を説明しようとする営みが生まれ、この姿勢が学問としての科学の起源なのだろうと、私は思っています。
 それは紀元前数千年の古代エジプトやメソポタミアなどの初期文明から始まり、さらにギリシャへと受け継がれていきます。私たちにとって、科学というものが身近な存在となっていったのは、ルネサンスの時代からでしょう。16世紀、ニコラウス・コペルニクスは地動説を提唱しました。地球を中心として宇宙が回転しているという天動説ではなく、太陽を中心に地球の方が公転していると主張したのです。この主張は惑星運動の法則を発見したヨハネス・ケプラーにより、さらに確実となるよう改良されました。また、ガリレオ・ガリレイは、天文学・物理学・工学などの分野で重要な業績を残しました。自然現象について、仮説を立てた上で、それを実験によって検証するという現代に通じる科学の手法を確立していますし、ガリレオ式望遠鏡を使って天文学にも貢献し、地動説を支持しました。しかし、このために宗教者から迫害を受けることにもなりました。

 

 医学に関しては、紀元前5世紀頃の古代ギリシャでヒポクラテスが医学を宗教から切り離し、観察と理性に基づく体系を持つ学問としたことで、「医学の父」と呼ばれています。その後古代ローマのガレノスは臨床医としての経験と多くの動物の解剖を通して体系的な医学を確立しました。彼の学説はヨーロッパにおいて、ルネサンスまでの1500年以上にわたり支持され続けたのです。
16世紀に入り、アンドレアス・ヴェサリウスが動物と人間の違いを明らかとして人体の構造を著わし(『ファブリカ』1543年)、ガレノスの誤りを修正しました。ウイリアム・ハーベーは1628年に血液循環を発表しています。このように、観察を基盤として解剖学や自然科学が進展して伝統的医学からの新たな流れが生まれ始めたのです。
つまり、天文学にしても、医学にしても、目で見た姿が、望遠鏡や顕微鏡の発達により、より詳細に観察されるようになって、科学は大きく前進したとまとめることができると思います。
 具体的には、19世紀後半の、ロベルト・コッホとルイ・パスツールによる細菌学、そして、ヴィルヘルム・レントゲンによるX線による人体内部の映像化です。ある種の疾患の原因が特定の細菌であることが証明され、感染症についての予防や治療といった対処が進みましたし、これまで体外から触ったり聴いたりして推測するしかなかった人体の内部の一部が切開することなく観察することができ、何が起こっているかより正確に情報を得ることができるようになったのです。

 

 観察をより詳細に、より正確に行うことから一気に前進した医学は、20世紀になり、さらに、科学技術の進歩に支えられ大きな変革が可能となります。そのうちの一つが医療画像技術の進歩です。X線でも細かな画像が開発され、さらにCT、MRIの導入と医学は飛躍的に発展します。
 私はこうした形の変化を観察することから生まれた医学はことに整形外科の領域において、大きな影響を残していると思っています。整形外科は手足や背骨の病気やケガを対象として、手術を用いる治療を担当する分野です。歴史的には、フランスの内科医ニコラ・アンドリーが1741年に著した「Orthopedie」という著書から生まれたとされています。この当時、多く見られた子供の脊椎と骨の変形の予防と矯正に関係した内容でした。この本では、曲がった木の横にまっすぐな添え木を置き、ロープで縛り曲がりを矯正しようとする絵が添えられています。このモチーフは整形外科の領域で今でも用いられています。
 日本では1906(M39)年に東大に整形外科学講座が開設されましたが、田代義徳初代教授は「形と機能は相関する」という理論から、Orthopaedie の日本語として、「整形外科」を使われ、これが広まって、今日でも続いています。
 科学は「見ること」で大きな進歩を遂げ、整形外科も「形状の変化を知ること」、そして、その形状をただすことで機能を改善させていたというわけです。
 ところが、私は、この大きな潮流に変化が生まれていると感じています。整形外科の分野でいえば、高齢化が進展し、関節や背骨の加齢による変化を主体とした悩みが急速に増加してきています。例えば、変形性関節症と言われる状態です。そうした状態についての診断と治療の説明では、「軟骨がすり減り、関節でのクッションがなくなって、骨同士がぶつかるようになって痛みが生じている。したがって、治療は、最後にはこの関節を人工のものに取り替える手術が必要になる。」となるのです。 ところが、現実の社会では、膝の内側の軟骨がすり減ったために、O脚となった高齢者が、ひょこひょこと歩いている姿は決して珍しいものではありません。彼らは歩けないほどの痛みはないということになります。しかし、レントゲンでは、軟骨はなくなった状態を示しています。つまり、彼らの膝では骨と骨はこすれているはずなのです。なぜ、痛まないのでしょう?

 背骨では、椎間板ヘルニアとか、高齢者では脊柱管狭窄症といわれる病気があります。いずれも、椎間板が出てきて、神経に当たるとか、神経の通っている管の部分が狭く変化して、お尻や脚に痛みやしびれが出ると説明されています。しかし、症状のない高齢者のMRI検査を行った研究があります。この結果、高齢になるにつれ、MRIでの変化は80歳代では80%の人で認められていました。つまり、変化があっても痛みなどの症状がない人の方が圧倒的に多いという結果なのです。
 形の変化は必ずしも、症状にならないのですね。これは、「AとBには、一定の関連がある」という相関関係というものを、「Aの原因がBである」と因果関係として決めつけた説明をしているため、うまれたものだと思っています。

 

 これからの科学は、誰にとってもすぐに分かるような単純な論理で説明できるものではなくなるのです。この変化のために症状が起こっていると言い切ることが難しいということです。画像検査での変化があっても、それだけではなく別の条件がプラスされないと痛身などの症状を起こすことにならないと言えると思います。可能性とか、確率といわれると、すっきりしないかもしれませんが、宇宙や社会、そして、人間、というものは、そんなに簡単に説明できるものではないということではないでしょうか。詳細に観察できるようになった今、意識して古代に戻って謙虚に、関係性を考えていこうとする習慣を、私たちは身につけるべきなのではないかと私は思っています。
 AIは人間より形の異常を見つけてくれます。私は画像の解析はAIに任せればいいと思っています。しかし、その変化と症状との関係を別の視点で考えるのが人間の役割となっていくと思うのです。
 ちょっと難しい話になりましたが、人間の病気や治療について、わかりやすい単純明快な説明には注意した方がいいかもしれませんね。



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