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2025.07.01

世界大会での戦争の影響(2025.7)

 

 私は整形外科の中でも、師匠の市川先生のご指導により、スポーツ医学を専門としました。スポーツ選手は、信じられないくらいの練習量から、人間業とは思えない能力を発揮します。そのため、身体には、一般人とは比較にならない負荷がかかります。その結果、時にその負荷に対抗できずに身体に不調が起こるのです。「スポーツにケガはつきもの」と言われるのを、少し悔しい気持ちで受け止めていたのを思い出します。
 当時は、関節や筋肉に痛みが起これば、安静にするのが当たり前であり、常識となっていました。しかし、スポーツ選手に安静は危険な手段となります。試合出場の機会を失いますし、第一、せっかく鍛え上げてきた肉体の機能が低下してしまいます。どうすれば、機能を落とすことなく症状を改善することができるか、それが大きなテーマでした。
 うまく工夫して動かしながら治すという発想は、この状況下で生まれました。そして、その考え方を支持してくださるスポーツ指導者の方と知り合うことができ、さらに多くの経験を積み、各スポーツのそれぞれに特有の症状に対する対応策を仲間とともに練っていくことができたと総括しています。

 

 そのつながりの一つがアーティスティックスイミング競技です。指導者として有名な井村雅代さんと1999年に知り合い、それからずっと、彼女が指導する選手たちの身体に起こる問題点を一緒に解決してきました。そのご縁で、今年も先週末にシンガポールでの世界選手権を観戦してきました。
 実は元々開催地はシンガポールではありませんでした。2019年7月21日、世界水泳連盟(当時FINA)は、ロシアのカザンを開催地に選んでいたのです。しかし、ご承知のように2022年2月24日にロシアは紛争中のウクライナに軍事侵攻し戦争が始まりました。これにより、カザンは開催権を剥奪され、2023年2月9日、シンガポールが代わりの開催地に選定されたのです。この大会は、当初から、ロシアの侵攻と関連があったということになります。
会場はシンガポール・スポーツ・ハブなのですが、水泳とアーティスティックスイミングに関しては、駐車場の跡地に仮設会場を建設して使用することになりました。

 

 私は7月17日(木)に仕事を終えて、関空からの深夜便でシンガポールに向かいました。翌18日(金)から競技観戦です。早速ソロテクニカルの予選がありました。午後にはデュエットテクニカルです。それからみんなで食事をして、その後ホテルにチェックインという忙しい一日でした。しかし、シンガポールは公共交通機関が発達しており、地下鉄の利用で、容易に行き来をすることができました。
 翌日、観戦していて見慣れないチーム名があったので、井村さんに尋ねると、ロシアとベラルーシだというのです。調べてみると、2022年のロシアのウクライナ侵攻への制裁として、ロシアの選手はロシアの国名、国旗、国歌の使用を禁じられました。代わりに、彼らは「中立選手B(Neutral Athlete B:NAB)」として、世界水泳旗を用いて競技に参加しているのです。また、ベラルーシの選手は「中立選手A(Neutral Athlete A:NAA)」と呼ばれていました。
 今大会、井村さんは頼まれてドイツのソロに出場するクララ・ブレイヤー選手のコーチをしているのです。それでライセンスをかけ、どこにでも出入りができる状況で、選手控え室での様子を聞くことができました。ロシアとベラルーシの選手は他国の選手から冷たい視線を浴びせられ、挨拶もされないという厳しい状況だと聞きました。特にEU諸国では、自国がウクライナへの支援をしていることもあり、彼らの呼称である「中立:Neutral」について、批判する声もあったそうです。そして、驚いたのはコーチの服装でした。選手たちはきれいな水着であるのに、コーチたちは白と黒の単色のトレーナーなのです。通常は各チームではそれぞれのチームの色合いをまとうのですが、全く模様も文字もない味気ない外観なのです。

 

 
 スポーツの世界では政治が介入するのはおかしいというきれい事は全く通用しない世界だと痛感するとともに、戦争が仲間たちを敵と味方に分断することを知りました。同時に、日本、そして日本人が置かれている平和な環境のありがたさを再確認しました。

 

 7月20日(日)のチームフリー決勝では、日本チームは2位となり、銀メダルを獲得しました。

福岡での世界選手権で乾友紀子選手が大会2種目2連覇を達成して感激しましたが、そのときの喜びを少し思い出すことができる活躍を見せてくれました。
 これからも彼らの活躍を祈るとともに、戦争のない世界を夢見ずにはいられませんでした。
(写真はすべて、私自身の撮影によるものです。)



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