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2025.01.01
このところ、自分の年齢を考えることが多くなってきました。医学部を卒業し、国家試験を受けて医師免許を得たのが1978(S53)年です。その後、外科系研修を行い、最終的に整形外科を選択して、すでに47年を経過しました。50年近くの間、研究者ではなく、一般の診療を行う臨床医として、また、病院や介護施設の責任者として過ごしてきました。「いつまでやるんやろう?」と、時々、自分自身に問いかけるのです。しかし、答えは、すぐには出てきません。
そんな時、とても基本的な疑問が心に浮かんだりするのです。
その一つが、世の中で医師の役割とは一体何なのかということです。医師が果たさねばならないことといえば、普通、病気やケガをきちんと診断して、正しく治療を行うことになると思います。これは間違いのないことで、いくら患者さんに優しく、配慮のできる医師だとしても、診断能力に問題があれば、話になりません。
この点については、大学で受けた医学教育、そして医師になってからもさまざまな機会を通じて勉強し、自己研鑽を積む必要があります。時には、特定の専門分野においての専門医となる要件を満たすこともあるでしょう。日本の場合、こうした専門分野を持つ医師の割合が高くて、何でも診ることができるいわゆる総合診療医はとても少ない状況です。専門医資格を取ると、診療所を開業するときも、その専門分野を標榜して、専門家であることが一種のステイタスになっているような感じです。
総合診療医ではなく、専門医の場合、診療に当たって重要なのは、目の前の患者が自分の専門領域のことが問題なのかどうかということになります。専門外は、責任を持って対応できないからです。したがって、関心事は自分の持っている知識と経験で対処ができる範囲の病気か、そうではないのか、それがポイントになるのです。その立場から、患者さんに説明をすると、病気に関する情報ばかりが伝わることになります。そして、その病気が軽い初期の病気か、対応可能なものか、そうでないかという選別が告げられます。こうした診療を俯瞰して彼らの仕事を総括すれば、彼らは「治す医者」として、全力を尽くしているということになります。
しかし、年を取ったせいか、私には医師の仕事の中では「治す」だけではなく、本人やご家族を「支える」ということを忘れてはならないと思うようになってきています。それは言葉を換えていえば、治すこと以外に個々の人間が、いわゆるQOLを保持し、自分らしい人生を全うすることをサポートすることも大切な責務になると思うのです。傷んだ臓器に関心が集中するだけではなく、その臓器を持っている人間を忘れてはならないということになります。
このことは、私の尊敬する二人の医師が、ほぼ同時期に、同じような内容の警句を出しておられるのです。一人は医学教育の基礎を築いたカナダ人医師ウィリアム・オスラー(1848-1919)です。彼は、「良き医師は病気を治療し、最良の医師は病気を持つ患者を治療する。(The good doctor to treat the disease, the best doctor to treat a patient with the disease.)」という言葉を残しています。
もう一人は、海軍軍医総監で、兵士に多く発症した脚気の対策を陸軍軍医の代表である森林太郎と論争をしつつも実践して成果を上げ、1882(M15)年に有志共立東京病院(東京慈恵会医大病院の前身)を設立した高木兼寬(1849-1920)です。彼の「病気を診ずして病人を診よ」という言葉は慈恵会医大の建学の精神として語り継がれています。「医学的力量のみならず、人間的力量をも兼備した医師の養成」を凝縮したものとされて、看護学教育にも取り入れられています。彼は戊辰戦争で敵味方の区別なく治療をして日本人医師の知らない怪我の外科的治療を指導したイギリス人医師ウィリスに師事し、彼に才能を認められ、イギリス留学をしています。この経験が、この考えを育てる土壌となったのでしょう。
この二人の生きた時代が重なっていることに驚きます。1年違いで生まれ、1年違いでこの世を去っているのです。明治時代に、地理的には遠く離れたそれぞれの国で、医師として働く二人が話し合ったわけでもなく、同じ内容の名言を残していることは、単なる偶然とは思えません。
ところが、日本では、イギリスの実践的な医学ではなく、ドイツの研究中心の医学をモデルとして選択しました。ドイツ方式での医学教育が行われ、現在の医学部の基本的考え方に受け継がれています。それが、専門医中心となっている現在の診療体制に影響を与えていると私は推察しています。二人の偉大な先人の言葉に従い、病気に集中し、治すだけではなく、その病を抱えている人間というもの全体に視点を送り、関心を持って対応することがこれから重要になると思っています。
残されている時間的には短くなった人生において、診療の中で、この考え方が浸透していくように、ささやかながら自分にできる活動をし続けていきたいと思っています。
今回はとても個人的なことをお話しすることになりました。これからも、みなさんと一緒に歩んで行ければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。