読み物BOOKS

2024.02.01

「動くこと」の重要性(2024.2)

 

 私が医学部を卒業したのは1978(S53)年です。国家試験に合格し、2年間の臨床研修といういわば修行の期間を過ごした後、自分がどの分野に進むか考えたあげく、整形外科を選択しました。
その時に、たまたま高校の同級生で医師としては先輩であった友人が同門にいました。その彼がスポーツ医学という専門分野を教えてくれました。当時から、大学の整形外科教室の中では専門に分かれたグループがありました。部位別に、脊椎、膝や股関節、肩・肘、手という分かれ方もありましたし、小児整形外科だとか、リウマチというように、年齢や病気を専門とするグループもありました。そんな時代に、新しい一つの分野として、スポーツ医学が、生まれ始めていたのです。その分野の先駆者の一人が市川宣恭先生でした。残念ながら1995(H7)年7月に亡くなられたのですが、私にとっては、いろんな意味での師匠という存在の先生でした。

 

先生は腰痛に対して、安静にするだけでは、そのときに痛みは楽になるかもしれないが、再発することが多く、その意味では動かないことは問題の先送りに過ぎないと主張し、積極的に鍛えて治すという「ダイナミック運動療法」を提唱されていました。今でこそ、動くことは大事であると多くの人が語るようになっていますが、1970年代には、動かないことが痛いという症状への一般的な対処でした。そして、今では運動、ことに筋肉トレーニング(筋トレ)というものが筋肉や骨を介して、単に体力的な面での改善を来す効果を持つだけではなく、さまざまな物質を分泌させることにより、健康に優れた影響を与えることは科学的に実証されるようになってきました。市川先生のお考えの正しさがようやく認められるようになってきたとも言えると思っています。

 

さて、私は、2020年初頭からのいわゆる「コロナ禍」というものについて、4年を経過して、この年末年始の自由に使える時間がある時、振り返ってみようと調べてみました。まず、総感染者数と総死亡者数です。世界保健機構(WHO)は2023年4月16日時点で、全世界の累積感染者数にあっては763,665,202人(7億6千万人強)、累積死亡者数にあっては6,912,080人(700万人弱)と公表しています。ただし、この感染者数については、一部の国での検査数の減少や報告の遅れがあるので、過小に出ていることに注意する必要があると言われています。14世紀にヨーロッパを襲ったペストでは7500万人、20世紀のスペイン風邪では5000万人が亡くなったということですから、世界で8億人弱の感染者とその1%以下である700万人の死亡数はこれくらいで良かったと考えるべきなのかもしれませんが、それにしても感染症が決して、克服されたものではないことを思い知らされた気がします。
日本では、2020年1月以降の全期間について厚生労働省が集計したデータによれば、2023年5月9日時点で感染者数累計は 33,803,572人(3千4百万人弱)、死者数累計74,694人(7万5千人弱)となっています。この数字での死亡率は0.2%で、世界の数字と比較してとても低いのが分かり、感染対策はうまくいったと総括できるかもしれません。感染者あたりの死亡率ではなく、ジョンズホプキンス大学のCOVID-19の統計によると、人口百万人あたりでの死亡数の国際比較は次の図のようになっています。日本での数字は世界の平均より低いことは間違いないようです。

 

 

では、本当に、コロナ禍をうまく乗り切ったと総括できるのでしょうか? 私は、ここ2年の死者数の増加が気になっています。
2022(R4)の人口動態統計(厚労省)では、死亡数は156万9050人で、前年(2021)の143万9856人より12万9194人増加しています。これは調査開始以来最多となっています。死亡率(人口千対)も12.9で前年の11.7より上昇しました。一方、出生数は77万759人と初めて80万人を割り込みました。前年の81万1622人より4万863人減少し、1899(M32)年の人口動態調査開始以来最少となっています。出生率(人口千対)は6.3で前年の6.6より低下し、合計特殊出生率は1.26で前年の1.30より低下し、過去最低となりました。
その結果、人口は79万 8291人減少し、前年の62万8234人より17万57人減少幅が増えています。これは16年連続で、いよいよ、人口減少時代が本格化したことになります。
なお、本年1月23日の人口動態統計(厚労省)では、2023年1~11月の出生数(外国人含む速報値)は69万6886人ということです。つまり、2023年通年の出生数はおおよそ75万人程度となる見通しで、ここにさらに、死亡数の増加が加わると、人口減少はより大きな数字となるでしょう。
2023年の人口動態の外国人を含めたデータが出るとこの傾向がどうなっているか、はっきりすると思います。これまでの経過をグラフにしたのが下図です。

 

 

 私が気になっているのは、2021年、2022年の急な死亡数の増加です。これはコロナ禍ということで説明がつくのでしょうか?
厚労省が2023(R5)年2月28日に公表した速報値で22年1〜9月までの死因別死亡数を前年と比較すると、全体で約81,000人増加しています。このうちCOVID-19感染症による死亡数は約15,000人、循環器系の疾患では約17,000人、老衰は約18,000それぞれ増えていて、循環器系の疾患や老衰で亡くなっている人の多くは80代以上という高齢者なのです。つまり、死亡数の増加は、コロナ禍では説明できません。感染したために全身状態が悪化し、コロナ以外の死因で亡くなる患者が増えた可能性があるという専門家コメントがあります。
 しかし、私は、蔓延防止策として国を挙げて行われた長期に及ぶ外出自粛の要請、そして、介護サービスなどの制限による社会的交流の機会の損失が多くの高齢者に与えた影響がその背景にあるのではないかと推察しています。動くことが、単に肉体的な元気さを獲得させる効果があるというだけではなく、免疫に働きかけたり、それぞれの臓器の正常な働きを支えること、さらに、心理面へのポジティブな効果、その上、最近では、認知機能への好影響も科学的に証明されるようになっていることを想えば、それらが長期間奪われた高齢者が、持病を悪化させ亡くなったことが、この死亡数の変化の実態ではないかというわけです。
 日本では、元旦に大きな災害が起こり、対応に追われています。原稿を書いている1月24日現在、安否不明が19名おられ、亡くなった方は233名で、そのうち、15人が災害関連死とされています。災害関連死とは、災害により直接的な被害で亡くなるのではなく、避難生活による体調の悪化などが原因で、亡くなることとされています。支援チームはこうした災害関連死を防ぐため、活動を続けているのです。

 

 この災害関連死と同じように、コロナ禍では、いわば、「コロナ関連死」が増えたのではないかというのが、私の推察です。
 これが事実とすれば、こうした大きな感染症の蔓延が起こった場合、行政としては、さらなる蔓延防止とともに、経済活動を何とか維持し、さらに、高齢者が閉じこもるような環境を作らず、元気に過ごすことができるようにきめ細かい対応を立案・実行していく必要があります。もちろん、それには、当事者である高齢者自身の自覚や、ご家族や介護者の理解と協力が不可欠であることはいうまでもないでしょう。
 コロナ禍が教えてくれるこれからの医療・介護の体制に対する学びは、まだ多くあるのではないかと想像しています。



一覧に戻る