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2023.03.01

人が元気に生きて、育つために(2023.3)

 

 この3月13日から厚生労働省は、マスクの着用について、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本とするよう通達を出しました。公式には、「これまで、屋外では、マスク着用は原則不要、屋内では原則着用としていた」と述べていますが、現実には、ほとんどの人が屋外でもマスク着用していたのが実状だと思います。
 それに伴い、スポーツ観戦で禁じられていた大声での応援が許されるようになったこともあり、WBCは大谷やダルビッシュといったスター選手の参加も相まって、大きな盛り上がりを見せています。また、各地での卒業式も従来のような方式で行われているという報道も目にします。
 今年2023年に卒業する中学生、高校生たちは3年間の在学生活において、COVID-19パンデミックによる影響をもろに受けた年代に当たります。私たち病院職員にとっては、新しく入職してくる看護師やセラピストといった医療職の人たちが、コロナ前と違い、十分な実習を受けずに卒業してきたことで、現場での教育体制の変更を余儀なくされました。きっと、卒業生たちもどれほど制限された学校生活であったか、十分に配慮した対応を受けなければ、異なる環境の中でお互いに辛い思いをすることが多くなるのではないかと心配をしています。

 

 何よりも、人と接する機会を奪われたことが大きいのではないかと私は推察しています。私自身の経験でいえば、例えば、外来診察では、患者さんも私もずっとマスクを付けているものですから、たとえ、顔と顔をつきあわせて話しているにも関わらず、これまでのようなやりとりにならないもどかしさを感じることが何度もありました。マスクの外に出ている例えば目の動きなど意外に表情を読み取ることが難しくもなっています。本音をやりとりしたい場面では、こうした障壁が煩わしく、イライラとさせられたこともたくさん経験しています。これは、おそらく、患者さんにとっても同じではないかと思うのです。 そして、年のせいばかりではないと思うのですが、以前より外来が終了したときの疲労感がとても強くなりました。おそらく、マスク越しの会話にいつもより多くのエネルギーが必要であったからだと想像しています。

 

 また、今まで東京まで出張して参加していた団体の理事会のような会議、また、大阪府医師会の委員会などの会議、さらには、月に1回出演しているラジオ放送などが、すべてリモートのものになっています。当初は、会議において、発言するのに、ビデオやマイクの操作に慣れないためにもたもたとするメンバーが私を含めて見られたのですが、今やみんながすっかり慣れています。慣れすぎて、会議中にばれないように食事したり、内職という形で自分のPCを操作して仕事したりする仲間がいることも知っています。

 

 確かに便利な仕組みではあるのですが、議論となると、また、ラジオのように、相手とのやりとりが中心となると、どうもしっくりときません。丁々発止のやりとりとはいいませんが、間を置かず反対意見を述べたりしたいタイミングがどうしてもずれて、タイムラグが生まれてしまうのです。そうすると、頭に浮かんでいた内容が何というのか新鮮味を失い迫力というか元気がなくなってくるんですね。それはつまり、相手に与える影響力が低下するということであり、相手の心に届かなくなる可能性も生まれてくると感じるのです。

 

 最初に紹介した今年卒業の子供たちは、きっと自分では気付いていないうちに、本当の人間同士のやりとりの面白さや意義を受け取ることなしに、次のステップに移ることになったと思われるのです。このことが持つ重要な影響は今の時点でははっきりした形を見せないかもしれません。しかし、彼らがこれから社会に育っていく過程で、何らかのやりにくさにつながるのではないかと私が危惧しています。
 つまり、人は他者との直接のふれ合いなしに成長することなどないと私は考えるのです。中には、人との付き合いなんて、面倒くさいだけで何も得るところなどないよと言い切る人もおられるかもしれませんが、人を相手に仕事をしてきた私の経験からすれば、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと、腹が立つこと、悔しいことなど全部ひっくるめて、それがすべて栄養になってきたと確信しています。
 マスク着用が緩められてきた機会に、何となく疎遠になっている人との交流が再び活発になり、元気な社会になって欲しいと祈ります。と同時に、大人たちは子供たちをその交流の輪の中に導き入れる意志を働かせる必要というか、責任があるのではないかと考えたりしています。皆さんは、どう思われますか?



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