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2023.09.01

健康って何か(2023.9)

 

 健康の定義といえば、いつも持ち出されるのは、世界保健機構(WHO:World Health Organization)が1948.4に設立されたときに、示されたWHO憲章の以下のものです。

原文:Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

これは、日本WHO協会の訳によると、
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」となります。
身体とこころだけではなく、社会的な条件も添えられています。そして、この状態をウェルビーイングと総称していて、その日本語訳が「すべてが満たされた状態」とされています。
しかし、この定義の日本語訳では、肉体、精神、社会的条件が完全にそろった状態でなければ、健康とはならないという解釈になります。それは、本当でしょうか?
 生まれつき、何らかの障害を持っている場合もあるでしょう.また、病気やケガによって、身体が自由には動かせなくなることも起こります。それらはすべて、健康ではないと言われると、大いに問題がありますよね。
 でも、「すべてが満たされた状態」と訳されているウェルビーイングに着目すると、この定義はそんなに厳しいものではないようにも受け止めることができるのではないでしょうか?

 

この定義が示された後に、ウェルビーイングについて、さまざまな研究が進みました。そして、「良好な状態」(中谷茂一氏)、「普通の状態」(石川善樹氏)、「いきいきとした状態」(渡邊淳司氏)と違った表現が示されていて、未だに決まった日本語訳はありません。
私は、医療・介護を提供する施設の運営に40年近く携わってきました。最近、私たちの仕事の目的って何だろうと、改めて考えることがあります。当たり前ですが、この仕事の目的は傷んだ人、病んだ人の苦しみを和らげることです。そのために、科学的な、つまり医学的な知識や技術を使い、治療を行います。
具体的には、医師たちは、身体やこころに起こった不具合について、その原因を調べ、「診断」をつけます。そして、その診断にしたがって治療の方針を考え、いくつかの選択肢を提示し、患者本人とも相談した上で、治すための行為を行います。こうした一連の流れが治療であり、これが終了すると、医師は仕事が終わったようになることが一般的です。例えば、外科医は、手術を自分が予定したとおりに行うことができれば、自分の役割を果たしたように感じることが多くなります。
しかし、例えば、治療によっても、身体的な機能に問題が残る場合も少なくありません。そんな時、リハビリテーションが行われますね。そして、高齢者の場合は治療の後、すぐに自宅での生活が難しい場合もあり、介護保険サービスでの訪問/通所のサービスや老人保健施設への入所での生活リハビリテーションが行われたりします。
これらも広義の医療になるのですが、治療中心となっていて、医療と治療という言葉や定義の使い分けが時に曖昧になっている気がしています。本来は、治療を含めすべての医療者/介護者の対応が私たちの仕事の領域ですが、医療というと治療の部分だけを指しているようになりかねないのです。そこで、すべての求められる役割の範囲を私は「ケア」と呼べば分かりやすいと思うのですが、治療のところを「ケア」を呼ぶには異論もあるようです。

 

こうした混乱というか、誤解がある中、先ほどの定義による「ケア」に関して、このウェルビーイングの考え方はとても大切で、そして、「ケア」の本来のあり方を指し示しているように思うようになりました。それは「ケア」がうまくいったかどうかを計る尺度としても利用できるでしょうし、また、「ケア」のゴールを設定する場合にも使いやすい考え方ではないでしょうか。
ニューヨーク州アルバニー出身のアメリカ人心理学者に、マーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman、1942.8.12 – )という人がいます。うつ病と異常心理学に関する世界的権威で、学習性無力感の理論で有名です。その研究はポジティブ心理学の創設につながりました。彼はペンシルベニア大学のポジティブ心理学センターの長でもある。アメリカ人の心理学者に彼は著書「Authentic Happiness 20023」の中で、リビングウィルを構成する3つの幸せな生活について、解説しています。

 

1) 楽しみのある生活(Pleasant Life)、
2)良い生活(Good Life)、
3)有意義な生活(Meaningful Life)です。

 

 彼はその考えを発展させ、2011年にウェルビーイングを多面的に捉えて、次の五つの項目の頭文字を取り、PERMAモデルを発表しています。

 

1)P(Positive Emotion):楽しい、嬉しいといったポジティブな感情
2)E (Engagement) :無我夢中で仕事や芸術活動などに没頭できること
3)R (Relation):みんなで協力したり、他の人に貢献するなど他者との良好な関わり
4)M (Meaning/Purpose):人生の目的や意義を持つこと
5)A (Accomplish):日々の成果の達成や自分の能力向上への関心を高く持つこと

 

 

 たとえ、身体的に、また、精神的に完全には解決できない問題があったとしても、目標を持ち、理解してくれる家族や仲間とともに、夢中になって、それに取り組み、一定の成果を上げて、ある種の達成感を味わえるとしたら、それはまさにウェルビーイングの状態であり、健康そのものと言えるということになります。
 「ケア」を行うに当たって、ご本人がこのようにウェルビーイングの状態になっていただけるようになれば、そのケアはうまくいったと考えて良いのではないでしょうか.つまり、私たちはケアを行うに当たって、こうした目標を持って仕事をするべきではないかと思うのです。
 そこで、私たち医療・介護に関わるものとしては、ご本人が何をしたいのか、何を目標にしているのか、それをしっかり聞き取り、多くの職種やあるいは機器の助けを借りながら、その目標体制への道筋を歩んでいくこと、それがケアというものの本質であると認識し、業務に当たることが求められているように思っています。

 

 この過程の中では、治療というのは、重要ではあるけれど、本当に限られた一場面、一つの過程だと捉えるべきでしょう。そして、その目標は決して医師だけの力で成し遂げられるものではありません。さまざまな職種の人たちが協力し合って、一緒に活動していかねばなりません。
 もちろん、ケアを受ける側の患者さん、またご家族の方々の意識も重要です。ご本人がウェルビーイングな状態となるための各個人特有の具体的な目標が明確にならなければならないのです。それには、お互いに腹を割った話し合いをしていかなければならないでしょう。
 健康概念は、単純なものではないということにつきると思います。それぞれの方の状況に応じ、価値観を反映して、そして、前向きに話し合い、ケアを通して、目標へとともに歩む姿に私はこれからのケアのあり方を見るように思っています。



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