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2022.08.01
人間が日々、健康に過ごすためには、外部からのさまざまな刺激や攻撃に耐える仕組みが要ります。身体の中にあるこの仕組みは免疫と呼ばれています。これによって、環境が変わっても、人体は同じように働くようにつまり、恒常性が維持されるということになります。
たとえば、今のように暑くなると、人は汗をかきます。また、皮膚の血管は広がります。これによって、体温を上げないよう体表から水分を蒸発させるのです。これにより熱を逃がすのですね。逆に寒くなると、体表から熱が逃げないように、皮膚の血管が縮まり、筋肉から熱が産生されるように体が震えたりする反応が起こるのです。こうして体温はほぼ一定に保たれることになります。
また、食事をすると血液の糖分(血糖)は上昇しますが、それをキャッチした膵臓では、インスリンを分泌して、血糖値を下げます。空腹では血糖値が低下しますが、またそれをキャッチした膵臓はグルカゴンを分泌して血糖は上昇して、血中の糖の値はほぼ一定に保たれることになるのです。こうした外部環境が変化しても、生体の状態を一定に保つような仕組みは生体恒常性(ホメオスタシス)と呼ばれています。
組織や器官を調節するこの免疫の仕組みは、自律神経系による神経によるもの、内臓からのホルモンによるものが組み合わされて維持されています。近年の研究では、こうした古典的な恒常性維持の体系だけではなく、細胞間での、また、臓器間での細緻で、相互依存的な複雑な機能ネットワークが働いていると言われています。
私は、運動器を専門としてきましたので、体力も、この免疫に含まれると考えています。重いものを持つことが仕事である人が、腰痛を起こすというのは、簡単に想像できますが、では、すべての同じ職業の人が同じ腰痛に悩まされているかと言えば、そうではありません。そこに、重いものという負担に耐えるか、耐えずに負けてしまうか、個人によっての違いがあると思うのです。そして、逆に、筋肉を使うことによってのメリットもあるとも考えています。
「若いときに無理して働かされたからですかねぇ。」と腰痛のため外来を受診した高齢者の方が自嘲気味にお話になることがあります。私は、「そんなことはないと思うよ。というのもね。」と1964年の東京オリンピックの参加選手たちの長期の調査のことをご紹介しています。オリンピックに出場する選手たちは、とんでもない練習量をこなしています。その人たちが歳を取ったらどうなるかということを調べる調査です。
1964年の東京オリンピックの時に国際スポーツ医学連盟(FIMS)が主体となり、国際オリンピック委員会(IOC)や世界保健機構(WHO)の協力でこの調査を呼びかけられ、多くの国が賛同し開始されました。4年に1回のオリンピックの時に調査をして継続するはずたったのですが、継続しているのは日本だけです。日本では、日本体育協会(現日本スポーツ協会)のスポーツ科学委員会が「東京オリンピック記念体力測定」と命名し、4年ごとの調査・測定の実施を1968年に決定し継続してきました。
2020年はコロナ禍のため実施できず、2016年の調査が一番新しいものとなります。東京五輪から52年が経過しており、1964年の対象選手総数 380名(男性314名 女性66名)ですが、物故者(男性75名 女性5名)がおられて、不明者・不参加者等を除くと、調査対象は273名(男性214 女性59)で、回答者が177名(男性132名 女性45名)でした。回答者の年齢は全体 75.4±3.6歳(男性 76.0±3.5歳 女性 73.5±3.3歳)となっています。つまり後期高齢者ですね。
現在の健康状態を<とても健康 まあまあ健康 あまり健康とはいえない 健康ではない>という四つから選択するアンケートの設問に対して、「とても健康」と「まあまあ健康」を合わせると、全体で80.5%(男性79.2% 女性84.5%)となっています。同年2016年の スポーツ庁の同様の調査では、70歳代の全体で77.1%(男性75.1% 女性79.4%)であり、オリンピック出場選手に健康ではない人の割合が高い状況ではありません。つまり、若いときに無理したら、身体が影響を受けるというのは、思い込みに過ぎないといっても良いと思います。
さて、今、私が大事だと感じているのは、免疫機構の一翼を担う自律神経に関してです。もともと「神経」という言葉は、西洋医学が普及する元になった解剖学の本「解体新書」にある「神気の経脈」という言葉を略して生まれたといわれています。
オランダ渡りの解剖学書「ターヘル・アナトミア」を手に、小塚原の刑場において罪人の腑分け(解剖)を見学した蘭方医の杉田玄白・前野良沢・中川淳庵らが、この書物と実際の解剖とを見比べ、その正確さに驚嘆して、翻訳を進めました。「神気」は心身の気持ち、気力、原動力で、それが「経脈」という道筋を通じて体中に伝わることから名付けられました。
自律神経は英語では、Autonomic nervous systemといいます。Autonomic は自治、自律ですから、常に自動的に心身をコントロールし、律する働きを持つ心身のネットワークシステムであることが文字からも理解できますね。具体的には、外部環境、体内環境の情報を受けた心身の器官が自律神経中枢に信号を出します。それを受けて自律神経中枢は新たに信号を出して、心身の器官をコントロールするという回路になります。
自律神経には交感神経と副交感神経があります。交感神経は身心に緊張、活動という共鳴を生じさせる働きをします。私は、ネコが敵に向かって尻尾を立て、毛を逆立てて目を見開き、牙をむいている姿をイメージします。副交感神経はその逆です。心身に鎮静、休息という共鳴を生じさせる働きをするのです。
この両者は車の「アクセル」と「ブレーキ」にたとえられることもあります。アクセルの役目が交感神経で、血管がキュッと収縮して心拍数や血圧が上昇し、気分は高揚し、体がアクティブな状態になります。一方、ブレーキ役の副交感神経が高まると血管がゆるみ、心拍数や血圧が低下して、全身をリラックスした落ち着いた状態に向かわせます。夜、眠っているときや、休息をとっているときなどは、副交感神経が優位になっているのです。
このアクセルとブレーキのバランスが大事になります。
このコロナ禍で慢性疲労やめまい、頭痛、食欲不振、手足の冷え、むくみ、肌荒れなどの「なんとなく不調」を訴える人が、急増しているといわれています。これらの不調は検査をしても分からない「原因不明の不調」で、これには自律神経の乱れによる免疫力の低下が大きく関与していると主張する人がいます。外出自粛による制限だけではなく、コロナ禍ではさまざまなストレスが蓄積しやすく、メンタル面でのトラブルが起こりやすくなっているのです。
このバランスを整えるためには、当たり前の日常が重要になると私は思います。生物は、栄養を採り、それを消化し、排泄し、日中活動して、日暮れになれば身体を休め、ぐっすり眠って朝を迎えるという回転をしています。私たちの生活は刺激に満ちていますし、やらねばならないことが山積み、それなのに、なかなか片付かない、そんな毎日になりがちです。
それでは、アクセル役の交感神経ばかりが働くことになってしまいます。うまく副交感神経の働く環境を整えて、心身を安らかに保ち、良い睡眠を取りましょう。
私も、実は、最近眠りが浅いことを自覚しています。方法を考えようと思っています。