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2022.10.01
何か、身体に不調があって医療機関を受診すると、診察室で医師と向き合う前に、さまざまな手続きがあります。まず、保険の確認など事務的なことを受付で済ませて、個人の診療録が準備されます。そして、施設によって違うでしょうが、アレルギーなどの情報、また、これまでの大きな病気や手術歴など、さらに、ご家族で同じような症状の方がおられたかどうかといった家族歴など、直接、今の悩みと関係ないようなことが問われると思います。
多くの場合はその上で、今回受診するに至った経過などが聞き取られるでしょう。この聞き取りによる情報は極めて重要で、慣れた医師になると、診察や検査を待たずに、この情報だけでかなりの割合で診断名の予想ができると言われています。
ただ、患者さんが医療機関を受診される動機は、医療者が勝手に想像したり、思い込んでいるものと必ずしも一致しないことも経験するので、受診された目的も確認する必要があります。「痛みを何とかして欲しい。」というのはよく分かります。自分と同じような症状で、がんの人がいて、手遅れだったと聞いたので不安で受診したという方もいます。「痛みの原因が知りたい。」とか、「MRIを撮って欲しい。」というのもあります。MRIという検査によって、自分の困っている症状を解決する道が開けると多くの方が信じておられるからだと思うのですが、その点について、私は大きな疑問を持っています。
ことに、骨、関節、筋肉、神経といった運動器に起こる痛み、使いにくさ、しびれなどの訴えに対する診療において、画像の変化が本当にその症状を起こしている原因か、十分検討しなければならないと思っています。つまり、診療における画像検査の位置づけや意義について、よく考え、啓発も行う必要があると思うのです。
私は、スポーツ選手に起こる運動器の症状を診ることを専門にしていました。スポーツ選手たちの要求はある意味、分かりやすいものです。自分のスポーツ競技におけるパフォーマンスを最大限に上げ、自己記録を更新したり、相手に打ち勝つことが目標になります。そこで、医師は、本人が訴える症状が何によるものかを明確にして、適切な手段でその症状を取り、本人の目標が叶えられるような身体に戻すことが仕事になります。
まず、1回の大きな力がかかったために起こったケガなのか、それとも、動作の繰り返しによる慢性的な障害なのか、見極めます。例えば、「試合で傷めた」と選手が説明していても、その中身を詳しく確認しなければなりません。痛くなった瞬間があったのか、それは、どんな動作をしているときで、自分の身体はどうなったのか、そして、その後のプレーの継続はできたのか、この点が重要です。時には、動いているときに変な感じがしながら最後まで動いていたが、帰宅してから特に痛んできたという場合もあります。
身体が物理的に傷んで、例えば、骨が折れたり、靱帯や腱が切れるといった強いダメージが起こると、その瞬間から、活動に影響が出て、通常は継続することはできません。しかし、おかしいなと言う感じはあっても、動けているとすれば、それは損傷としては強いものではないという推測ができるのです。
ケガの場合は、レントゲンやCT、MRI、エコーといった「形」を調べる検査が非常に重要となります。強い力が加わったために、本来の形ではなくなっている箇所がないかを調べるのです。そして、その損傷の部位や程度によって、適切な治療法を提示し、本人と協議の上、治療を行うことになります。時には、傷んでいるのが分かっていても、何とかごまかして目前の試合に出場させるような判断が求められる場合もあります。その時には、無理をして競技復帰した場合のリスクを説明し、よく話し合って方針を決めることになるでしょう。
だんだん痛くなったとか、いつの間にかおかしいと感じるようになった、また、帰宅してから痛んできたといったような症状の起こり方は、ケガではありません。したがって、形を調べる検査は、確認の意味合いが強くなります。仮に、正常ではない形であったとしても、おそらく、選手は、その状態でこれまで活動を続けてきたのであって、その形の異常をすぐに、痛みの原因と考えるのは、短絡的に過ぎると思われます。
つまり、以前から、その形の異常があったと思われる変化も多いのです。しかし、今痛んでいる箇所に関係した場所だとすると、これが原因だと考えてしまう危険性もあるということです。
腰だけではなくお尻や太ももの裏にかけての痛み、しびれを訴えて受診した72歳女性の話です。
その方は買い物にも行けるし、1kmを休まず歩行することも可能です。横になれば痛みやしびれはないので、睡眠も普通にとれます。朝、起き上がるときや長い間座っていて立ち上がるときに、この症状が出るのですが、動くとましになるといいます。その方が医師の指示でMRIを撮って、狭いところが見つかると、「腰部脊柱管狭窄症」と診断され、手術を勧められたりします。症状とこの狭くなっているという形の変化が関係あれば良くなるでしょうが、これが原因ではないとすると大変です。せっかく手術を受けたのに、症状は改善しないし、かえって歩く距離が短くなってしまうことも起こりえます。
別の例もあります。75歳の男性です。腰痛が辛いと整形外科を受診します。念のためとMRIも検査を受けましたが、医師からは検査の結果、問題ないので、今後の受診は不要ですと言われたそうです。その後、外出もしないので、弱ってきて、半年位すると、歩けなくなり、トイレにも補助がいるということで、施設に入所する話が出ていると言うことです。検査に異常がないと受診は要らないのでしょうか?
MRIの検査の目的や意義について、まずは、医師がその検査で得られた情報の意味を吟味しなければならないということ、そして、医師と検査を受ける患者さんの間で共通の理解ができていないということために、うまく検査が利用されていないところが気になっています。
人間の身体は、本当に良くできています。医師として経験を積めば積むほど、身体の強さをもっと信じるべきだと思うのですが、その一方で、ほんの些細なことで大きな障害につながる例を経験すると、その繊細さに驚くこともあって、もっともっと微妙な解釈ができないととその奥の深さにためいきをつくのです。