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2021.09.01

東京オリンピック・パラリンピック2020+について(2021.9)

 

 東京オリンピック・パラリンピック2020+がさまざまな意見のある中、無観客での開催となりました。7月23日から8月8日まで、そして8月24日から9月5日までの計30日間の大会期間中、開催前の批判的な声はすっかり影を潜め、選手たちの素晴らしい活躍に興奮する毎日となりました。
 新国立競技場での開会式は無観客であるばかりか、選手団の入場も人数が制限され、現場は寂しいものだったと想像します。しかし、イベントとしての開会式をテレビで見る人は世界中にいますから、まさにそのために準備され実施されたものとなりました。そのためでしょうか、印象としては何かしら、焦点が絞り切れていないようなもどかしさを私は持ちました。それで、この大会への不安が多少駆り立てられた部分もあったとも思います。しかし、そうしたモヤモヤを見事に覆してくれたのが、選手たちでした。

 

 勝敗とは関係なく、参加選手たちはすがすがしく、精一杯に動いていました。1年間の延期をものともせず、むしろ、その期間を有効に使い、いくつもの階段を駆け上がったかのように仕上がっているように感じました。日本人選手たちも大活躍でした。連日テレビから流れる「金メダル~~!!」という叫び声のようなアナウンスが、COVID-19に疲れ果て、何かの気晴らしを求めていた人々を元気づけてくれたと思います。
 私は、アーティスティックスイミング(AS)の日本代表チームの選手たちに関わっています。ヘッドコーチの井村雅代さんとのつながりからです。昨年、延期が発表されたとき、どうだろうと数日して連絡をしました。彼女は、「ちょっとの間、困ったなぁと思ったけど、すぐに切り替えた。」と話してくれました。「まだ、不十分で手を入れたい箇所は一杯だけど、時間が来たため、このまま大会に臨まなければならないと自分で割り切っていた部分に手を入れられると考えて、ラッキーと思った。」というのです。これはとても記憶に残っています。起きているときはもちろん、寝ているときもASのことを考え続けている彼女です。どんな状況になっても、どうすれば、強くできるのか、あらゆる方法にチャレンジしているのですね。
練習場がないときには、私たちの施設のジムも使い、強化に努めてきたAS日本代表チームの皆さんの本番での動きは、本当に楽しみでした。結果は残念なことに、メダルに届かず、デュエットでもチームでも4位でしたが、私は彼女たちがコーチとともに全力でこの日を迎え、精一杯の演技を見せてくれたと評価しています。大会後、お目にかかった井村コーチは、「私も彼らもやりきった。」と語っておられました。オリンピックでの指導からは離れるという意思表示をされておられますが、ご自身のチームもあります。彼女がASなしの人生を歩むはずもありません。私たちとしても、これからも選手たちをサポートしていきたいと考えています。

 

 オリンピックの期間中、私にとってははっと気付かされるような出来事もいくつかありました。一つは、ベラルーシの女子陸上選手クリスティナ・ティマノフスカヤさんにまつわる出来事です。彼女は陸上200m走に出場予定だったのですが、仲間の選手に出場資格がないことが分かり、400mリレーへの出場を急きょ指示されたのです。そのことについて、彼女はインスタグラムで不満を公言しました。それが母国でも流れて、コーチから、強制的に帰国させられそうになりました。ところが、帰国すると身の安全に不安があると羽田空港の空港警察に保護を求め、出国を拒否したのです。その後、ポーランドが人道査証(ビザ)を発行することによって、ティマノフスカヤ選手は同国に亡命することになりました。
 ベラルーシはアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の独裁的な国家運営に批判が高まっています。国内でもルカシェンコ氏の再選に抗議する大規模な抗議デモが起きています。こうした不安定な政情で、一人の選手がチームの方針に逆らったとして制裁が加わるというのは想像できます。報道によると、彼女は成田から亡命先のポーランドに入ったそうです。ご主人のアルセニー・ズダネヴィッチ氏はすでに、ベラルーシを出国し、ポーランドに向かっているともありました。

 この出来事は、スポーツ選手が彼らのキャリアをかけてオリンピックに臨んでいるのが当たり前という前提を持っていた私を揺すぶりました。同じように、頭を揺さぶられるように思ったのが、ニュージーランドの重量挙げのローレル・ハバード選手のことです。ハバード選手は女子の競技に参加していますが、実は特異な経過をたどっています。それを報道で知り、自分の頭の中ですでに組み立てられている常識に潜む固さというか、古さを思うことになりました。

 

ハバード選手は幼いときから重量挙げに挑み、1998年男子105キロ超級部門でニュージーランドのジュニア記録を樹立しています。2012年、ハバード選手は性転換により女性となり、名前もローレルに変わるのです。その後女子として競技に参加し、2017年には国際大会でもタイトルを獲得します。ハバード選手の大会出場については、他の選手からの異論も出ていました。国際オリンピック委員会は、試合までの一定期間以上、血液中の男性ホルモンであるテストステロンの濃度が基準値より高くならないことを定めた規定を満たし、東京2020の出場資格を満たしたのです。これにより、初のトランスジェンダー女子のオリンピック選手となりました。
こうした話以外にも、メンタルヘルス(心の健康)の問題を理由に体操女子団体決勝を途中棄権したアメリカのシモーン・バイルス選手のこともきになりました。
 そして、こうした話題満載だったオリンピックの興奮が覚めやらぬ8月24日、今度はパラリンピックが開幕しました。ここでも、オリンピックと同様に、選手たちがのびのびと素晴らしい動きを見せ、観るものを驚かせ、感動させました。大会を総括して、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長が「日本でなければできなかった」と語られているのを見たとき、一人の日本人として、この国を誇りに思いました。

 

競技が始まると、毎日の報道に日本人選手たちの活躍があふれていました。9月2日、競泳女子50m背泳ぎ(運動機能障害S2)に出場し、銀メダルに輝いた山田美幸選手の泳ぎとレース後の笑顔にはやられました。彼女は、生まれつき両腕がありません。その上、右脚と左脚は長さが違うのです。体幹とその両脚をうまく協調させてまっすぐに、速く泳いで銀メダルを獲得した14歳は、インタビューに答えて、「私もかっぱになりました」と話したのです。たくさんの方が、きっと彼女のファンになったことだろうと想像しました。
 私は整形外科医として、今でも外来診療を続けていますが、そこに受診される方々は、何らかの身体の痛みや使いにくさを何とかしてほしいと願って、受診されています。私は担当医として、何が原因か、画像などの検査を通して推測し、どのようにしてご本人の問題を解決するか、考えます。
骨折のようにケガによって傷んでしまった身体は、手術したり、くっつくまで動かないようにして治していきます。しかし、はっきりとしたケガのようなきっかけがなく起こってきた症状については、これまで平気だった活動が当たり前ではなくなってきたという身体の側の基盤となる状況があるものとして、対応を考えていきます。代表的なものが加齢による機能低下です。筋力も落ちてきますし、柔軟性もなくなってきます。そのくせ、仕事にしてもスポーツにしても、今までと同じことを続けなければならないとすると、どこかで、無理が生まれてくると言うわけです。この状況は、動きをやめる、つまり使わないようにすることで、症状は改善しますが、動きを再開すれば、また同じことが起こってきます。そこで、身体の状況が変化していることを認識してもらい、それを元に戻すよう運動を指導して、改善を図るという方法を選択することが多くなります。
 ところが、これが、なかなか簡単ではありません。誰でも、苦しいことはしたくありません。できれば、自分は楽をして、人に治してもらうことを期待します。運動療法は、そういうわけにはいかないのです。ご自身に動いてもらうのが基本です。正確に、正しくどのように動けば良いのかを指導するのが私たち医療者の責任となりますが、実際に実施するのはご本人です。そこで、弱音が出てきたりするのです。診察室では、この弱音を受け止めながらも、ご自身のために、頑張らないとダメですよとアドバイスしています。
 それが、この東京パラのおかげで、実にやりやすくなったのです。「パラリンピック見ましたか?選手たち、すごいですよね。」この問いかけには、だれもが、「本当にねぇ。感動しました。」中には、「泣いちゃいました。」という人もおられます。そこで、「彼らがあの動きをするのに、どれほど頑張ったか想像できますか?」と持ちかけるのです。さらに、「障がいがあって、いつまでも下を向いていたら、あんな舞台には立てませんよね。」とも付け加えます。ほぼすべての方が、引き締まった表情となり、「わたしもやらな、あきませんね。」と励まされるようでした。

 

 健常者の超人的な動きもすごいけど、ある意味、パラスポーツは超人を超えた存在のように思えます。乗り越えなければならない壁がスポーツを開始する前に高くそびえているように思うからです。彼らは、まず、障がいを持っているという事実を受けて、それをプラスに変える力を発揮しているという意味で、私は超人を超える存在だと思うのです。彼らが病者に与える力は、私のような医療者が足下にも及ばない大きなものであることを感じています。恐縮ながら、その力を診療で利用させていただいているということになります。
 きっと、ボッチャなど、これまで競技の存在も知らなかった方も多かったと思います。COVID-19による緊急事態宣言下で、巣ごもりのためにテレビで観戦した方が多かったせいもあると思います。興味と関心が拡大したこの大会を契機に、さまざまな新しい効果が生み出されるであろうことを大きな楽しみにしています。
 



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