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2019.04.01
安倍晋三首相は2016(H.28)年9月、内閣官房に「働き方改革実現推進室」を設置し、働き方改革の取り組みを提唱しています。その背景には、人口の減少と急速な少子高齢化の進行による人口構造の変化があります。増加していく高齢者数に比して、子供や働き手の人口が少ないために、国の活力が低下することを避けねばならないからです。2025年に団塊の世代が75歳以上となることに備えて、年金や医療・介護体制といった社会保障制度の改革が進められています。
高齢者が増加するという流れは2040年頃から落ち着き、この後はむしろ、働き手世代が減少するので、今度なその事態への対応が求められます。それには、女性や高齢者の就労促進とともに、職場での労働生産性の向上が上げられています。働き方改革はこの事態に対する解決方法とも考えられ、首相官邸のホームページには、「働き方改革は、一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ」だと書かれています。
政府の問題意識は、2013(H.25)年に国連が是正を勧告したように、日本では多くの労働者が長時間労働に従事し、過労死などが発生し続けていることがあります。この長時間労働の是正が働き方改革での一番目の課題です。労働時間の短縮には、国際的に低いと言われる日本人の労働生産性を上げなければなりません。二番目には、正規と非正規の格差是正が上げられています。業務を可視化し多様な人が働きやすく評価される組織への改革が求められていると言えるでしょう。2018(H.30)年7月「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が成立し、いよいよ、本年4月以降、改正された労働関係法令が順次企業に適用されることになっています。
さて、医療・介護という業種は、人が人にするサービスが基本です。ロボットの導入や機械化によって、生産性を飛躍的に向上させることができる製造業とは、根本的に異なる面があります。したがって、働き手がいなくなるという予測は医療介護現場の先行きに大きな陰を投げかけるものとなります。
一方、この働き方改革が進められる中で、医師の働き方についての議論が生まれました。医師のみならず、看護師も含め、医療現場はきわめて多忙です。医師の残業に関する調査(労働政策研究・研修機構「『勤務医の就労実態と意識に関する調査』)では、医師の4割が厚生労働省の定める労災認定の基準である月80時間(毎週20時間)の残業(過労死基準)を超えて働いているという実態が示されています。
週20時間というのは、週5日勤務とすると一日4時間です。9時から5時までの勤務日加えて4時間となると、毎日午後9時を過ぎての仕事となります。なぜ、こんなに長時間職場で勤務しなければならないのでしょう?これは開業している医師ではなく、病院に勤務している医師の実態です。
病院勤務医は主治医制が多くて、交代制ではないため、自分の受け持ち患者さんの病状によっては、ずっと病棟に張り付かねばならないこともあります。また、外来診療や検査などの業務の他、職種によっては術後の管理や救急患者の対応など、医師でなければ務まらない業務が飛び込んできます。そして、病院では医師が24時間滞在するよう法律で定められているため、当直業務が回ってくることもあります。これまでは当直明けで、外来診察や手術など通常通りの勤務が待っているのが普通でした。
今回、「医師の働き方改革」の議論とともに、厚生労働省は2018(H.30)年10月「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」を発足させています。医療現場での医師の多忙さが浮き彫りになると、国民に医療の利用の仕方について、考えてもらわねばならないと啓発のための話し合いの機会を作ったのだと私は理解しています。約3ヶ月の間に5回の会合を開き、2018(H.30)年12月「『いのちをまもり、医療をまもる』国民プロジェクト宣言!」を公表しています。医療機関、そしてそこで働く人たちが、本当にそのケアを必要としている人たちに遅滞なく使っていただくためにも、コンビニ受診といわれる時間外の受診や、軽症での救急車の利用など、自己都合の利用に警鐘を鳴らしています。この懇談会のメンバーにはデーモン閣下も加わり、メディアが取り上げたのでご存じ方もおられると思います。
私たち医療者は、目の前の患者さんのために、一生懸命自分のできる最大のことを行うことを使命として働いています。こうした志がいくぶん欠けた人も稀にはいるようですが、大多数が自分のことを後回しにしてでも患者さんのことを考え、働いています。しかし、医療技術が進歩し、専門分化が進むと、ますます一人の患者さんに多くの医療者が関わらなければならない状況となり、現場の業務は複雑になった上に、しかも量的に膨らんでいるのが実情なのです。それが故に、疲弊している仲間がいることも事実です。しかし、現場で泣き言を言っている暇はありません。周囲を見渡す余裕もなく、医療者たちは一つずつの問題を必死で片付けていると言っても過言ではないと思います。
私は、今回の「働き方改革」の議論が、医療・介護の問題としても取り上げてもらえたことをいい機会だと思っています。職場の体制、仕事の割り振り、個人の役割など、一から見直すべき問題は多数見つかりました。どうか、受診される患者さんやご家族も、ご自分の都合だけを主張されるのではなく、こうした現場の現実をご理解の上、ご利用いただきたいと願っています。私たちは、これからも自分のたちの職業に誇りを持ち、与えられた業務を、心を込めて提供していきたいと考えています。