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2018.08.01

診療と経営の共通点(2018.8)

 

 私は医師として仕事をしていますが、同時に、経営の責任も担う立場でもあります。この二つの異なる役割に、意外にも共通点があると思うようになってきています。それは、物事のとらえ方です。ある出来事が起こると、その原因を考えるようにと子供時分から指導を受けてきました。原因究明によって、それは○○のせいであるということが分かれば、対策が立てられ、今後同じことが起こらないように予防することができるというのです。これは、今でも良いアドバイスです。
医師としては、どこかが痛いと診療を求めて来られた患者さんの診察に当たって、その原因を探るというのが、今も治療の第一歩です。しかし、時には、こうした単純な因果関係によるという仮説からの対策が最善の方法ではないことがあると気付くようになってきました。

 

たとえば、骨折を例にとってお話しします。高齢になると背骨の骨が潰れるように変化する状態が、ことに女性ではしばしば見かけます。これを「圧迫骨折」と診断していました。ちょうど、煉瓦が上下からの強い圧迫力でつぶされてその高さが低くなってしまったような変化がレントゲンで見えるからです。しかし、ご本人にお話を伺っても、骨がつぶされるような強い力がかかったことは、どうしても思い出すことができないという方も結構おられるのです。
それをある薬品会社のコマーシャルでは「いつの間にか骨折」と呼んでいましたね。でも、強い力がかからないで、骨の形が変化することを「骨折」と呼んでいいのでしょうか? まして、ご本人にとって、痛みも何も感じないとすれば、それは「骨折」ではなく、年齢による単なる「変形」と考えるべきなのではないでしょうか? 患者さんやご家族は、医師から「骨折」と言われると、驚きますし、重症感が漂います。そして、そのレントゲンの画像や医師の発言が耳に残ります。そのため、今までできていたことでもしなくなり、じっとして閉じこもり、不必要に安静の時間を長く過ごすような生活をするかもしれません。

 

統計では、すべての背骨の骨折(変形)のうち、2/3が、ご本人に、原因として思い当たることのないものだとされています。つまり、6割を超すこれらの変化はそれこそ、いつの間にか起こったものなのです。その変化に「骨折」という病名を付け、コルセットを作り、安静を指示するとしたら、それはその後の活動に大きなマイナスの影響を残すことになるに違いありません。
どうしてこんなことが起こるのか、それが、私の今回の主張ですが、それが、物事を「単純化」して考えることの欠点ではないかと思うのです。整形外科医にとっては、レントゲン上の異常は、治療の対象になるのです。レントゲン写真を見て、おかしなところを見つけた医師が、患者さんに「ここが痛みませんか?」と質問している場面に遭遇したことがあります。その方が、「その場所が別に痛んだことはありません。」と答えると、医師は「そんなはずはない。」と話しているのを聞いてびっくりしました。レントゲンの異常は、何かの症状の原因となるという単純な因果関係の刷り込みが、こうした硬直した診療になってしまうという例だと考えています。
これまで、科学は、物事を分析し、原因を探し、そして、それを統合して、解決法を見つけてきました。しかし、分析を突き詰めていくということは、物事に近づいていくやり方です。どんどん細かく、塊から小さな世界に、観察の範囲を狭めていきます。それで何らかの異常を見つけて、それが原因かもしれないとして、今度は徐々に大きく元の塊に戻していったとき、細かく分析したときとは違う反応にぶつかることだってあるのです。
つまり、あまりに近づきすぎて、分解しすぎると、今度、それを集めて、全体を作ろうとしたとき、元とは違う全体になってしまう場合があるということなのです。

では、どうすれば良いのでしょうか? おそらく、細かくすると同時に、全体を観察できるもう一つの視点を持ち続けることが求められるのだろうと考えています。この点が、私が気がついた「診療」と「経営」における共通点です。
 人間の身体も、一つの組織も、単純な構造や仕組みから成り立っているのではありません。同じことを指導しても、その刺激に対する反応や振る舞いは驚くほど多彩です。そのような不思議で一筋縄ではいかない相手に、分析の手法だけでは、きっと歯が立たないのでしょう。
 とはいっても、分析の緻密な頭と、大所高所からの観察力を両立させることは容易なことではありません。さらに、観察から生まれた結果を解釈するには、優れた洞察力も必要となります。こんなに多方面で、しかも専門性の必要なことがたった一人の人間でカバーできることは不可能に近いでしょう。そこで、人と人がつながり、それぞれの得意分野をいかして、お互いを理解し、信頼した上で、目的に向かって一緒に歩むような協働の体制が求められると考えています。
 チームでの活動の長所はこれまでも語られてきているのですが、科学の進歩に従い、ますますその価値が重要になってきていると感じる今日この頃です。



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