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2018.06.01
日本は江戸から明治と鎖国から開国、そして、列強の餌食になるのはごめんだと急速な欧化政策を推し進め、富国強兵に明け暮れました。その明治維新に関して、大方の意見は成功と評価し、いくらの英雄が称えられ、何かしらメディアに取り上げられて人気を博しています。でも、一方で、この明治維新を契機として、日本は大切なものを失ってしまったと主張する人もいます。
確かに、廃仏毀釈によって貴重な仏教文化と文化財が相当数壊されてしまいました。日本が中国や韓国からの知識や技術をアレンジし独自のものとして体系化した医術も、否定され、西洋医学のために表舞台から押しやられました。それに伴い、武術や和文化が生んだ身体の操作法もほぼ消え去っています。ちょんまげも和装も珍しくなりました。宮中晩餐会では日本料理ではなく、フランス料理が正式なメニューだそうです。現代では喪服といえば、黒が常識となっていますが、江戸時代は白装束でした。明治政府が西洋に習うように黒服にするよう通達を出したのです。
この急速で激しい変化、私は現代社会がことに社会保障において、この明治維新の時の環境と同じくらい変化を求められていると感じています。高齢化の進行は世界のトップですし、しかも、少子化で人口は減り、働き手世代の割合は低くなります。それでいて、同じ内容の社会保障を継続できるはずもありません。
そもそもその財源に当たる国の財政が、長く低迷する経済の状況から、もはや国債を発行してごまかすことができず、八方塞がりとなっています。
改革は不可欠なのですが、ここでの大きな改革が結果的に、日本の制度が保ってきた他国からすればうらやましいもの、優れたところ、までなくすことになってはもったいないと思うのです。それが冒頭の明治維新の評価につながります。
一体、何を残し、何を変えれば良いのでしょうか?もはや国民皆保険制度に見切りを付けて、高齢者、障碍者、幼児、低所得者だけに公的な保険を適用し、それ以外の国民は民間保険会社に個人的に加入する仕組みにするのも一つの選択肢でしょう。一部の人はきっとアメリカと同様に「無保険者」となって、病気やケガをすると多額の医療費にどうにもならなくなる事態に追い込まれることが予測されます。お金のある人だけを相手にする医療機関が生まれることでしょう。そんな社会を望みますか?
となると、皆保険制度は是非とも守りたいものになります。しかし、高齢化に伴い医療・介護の需要は増す一方で、その財源がないのですから、中身を変える必要があります。これまではカバーされていたものが、保険から外されることも起こってくるでしょう。そして、財源確保のためには、税、保険料、窓口負担という医療・介護の財源のそれぞれを増やす算段が講じられることになると思います。
みんなの財布から、社会保障のためのお金が出ていくことになるのです。とすると、私は変えなければならないこととして、医療・介護の現場に見られる「ムダ」を徹底的に排除することを提案したいと思います。それほど高い優先度のないケアは省き、本当に必要な人にお金が回るようにしたいのです。
一つは医療者の側からのムダの排除です。「念のための」検査は追放しなければなりません。患者側としては「ついでの」希望やお願いもダメです。それは、これまでとは違うので、親切じゃないと思われるかもしれません。しかし、それをしなければ立ちゆかないと考えるべきです。
具体的には、医師が自分の診療所や病院の儲けのために、表向きは患者さんのためと言って多くの画像検査やついでの血液検査をすること、そして、患者さん側もシップを多めにくださいとおねだりすること、また、医師から退院と言われて、都合が悪いとその日を延ばすこと、これらが全部レッドカードです。あくまで、医師の客観的で、医学的な根拠に基づく判断をきちんと厳重に守ってもらうのです。例外を作ってはなりません。担当医に付け届けをしても、前の院長の時から知っているといくら親しい関係を前面に出しても、ダメなものはダメなのです。
こういう厳しい運用ルールを、診療を行う医療者や医療機関の経営者と診療を受ける患者さん本人とご家族の両方が守って初めて、新しい制度が確立していくのだろうと思います。
高度成長期に生まれた日本の医療保険制度は大きな曲がり角にいます。どの方向に向かうのか、それを決めるのを国に任せて良いのでしょうか?私は、ムダを排除する努力をみんなが実践して、何とか、皆保険という良い文化を残してはどうかと考えています。