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2018.04.01
私は整形外科医ですが、資格を取ってから、医師の研修をしている時に、日本のスポーツ医学の先達の一人である故市川宣恭先生に出会うことができ、師事しました。そのお陰で、一般整形外科に加えて、専門分野としてスポーツ医学を学ぶことができました。
当時は、現在のようにスポーツ医学に取り組む医師は多くなく、「使うから痛むので、休みなさいと」指導する医師ばかりでした。そのため、スポーツ選手は身体の異常があっても、簡単に医療機関を受診することがないため、重症化したりすることもまれではありませんでした。
市川先生は「安静はダメだ。診断の結果、手術が必要でないと判断したなら、選手・コーチに説明し、身体を鍛えて治すのが大切だ」と指導してくださいました。文章にすれば短いですが、これが簡単ではありません。でも、動くのが仕事というスポーツ選手に対して、安静や活動制限という指示をしない診療をいつも心がけるようになりました。そして、この方針はスポーツ選手だけに当てはまるものではなく、すべての運動器に支障を持つ方の診療において大切であることに気付きました。ことに、高齢者では、この点の配慮が必要です。
実際にこの方法を実践するには、医学的な知識に加えて、リハビリやトレーニングが指導できなければなりません。私なりに勉強して、理論はある程度分かるようになりましたが、細かい実際の指導はできません。そこで、理学療法士やトレーナーの力を借り、チームで対処するというやり方が固まっていきました。
そんな時に、普段から診ているスピードスケートショートトラックの選手がオリンピックの最終選考会で足首の骨を折るというアクシデントが起こりました。2001年12月末のことです。この選手は1998年の長野五輪の500mで金メダルを獲得しており、2連覇が期待されていました。本番のレースは2月下旬で、2ヶ月も残されていない段階での受傷でした。すぐに手術を行い、何とかレースに間に合わすことができたのですが、メダルには届きませんでした。
これが、私とオリンピックの関わりの始まりでした。その後、夏の大会はシンクロ競技で、冬はこのショートトラックで、選手の管理に関わってきました。今回の平昌五輪にも、現地に行ってきました。一つの興味は、11月に試合の公式練習の際に、右足首を負傷した羽生弓弦選手の回復度合いにありました。報道によれば、「右足関節外側靱帯損傷」で全治約3-4週間という診断だとされていました。ただ、受傷時の映像を見た私の印象では、相当強いダメージが足首にあると想定していました。ジャンプの着地に使う右足ということもあり、本番に間に合うのは疑問視していたのです。
さて、スケート会場のあるのは、朝鮮半島の東海岸沿いの町江陵(カンヌン)でした。寒さが話題になる平昌とは異なり、それほど厳しい寒さではありませんでした。残念ながら、羽生選手の演技は、現地で見ることはできませんでしたが、私の心配は杞憂に終わり、見事に回復し、素晴らしい演技で金メダル。何十年ぶりかの連覇を成し遂げました。スケートでも小平奈緒選手が、金メダルに輝きました。このレースはしっかりと目に焼き付けることができました。その後も、多くの日本選手が活躍した平昌五輪でしたが、強い選手に共通することがあると気付きました。
一つ目は精神が「自立」し、自分の目標が明確で、自分自身を評価の基準において、他人の目は気にしていないように見えるところです。
二つ目は「自律」です。やると決めたらやる実行力や、目標である勝利のためにすべてを犠牲にするという執着心と集中力、さらに、外国に住み、異なる価値観に触れ、学び、納得すれば取り入れて、これまでの方針を変える勇気を持っていることです。
この「自立」と「自律」に関しては、これまでの日本人選手があまり持ち合わせていなかったと思われる資質ではないかと感じています。
たとえば、羽生選手の復帰ですが、先ほどは「見事に回復」と書きましたが、実はケガからの回復には、三つの要素があると思っています。一つは肉体的な修復という意味での回復です。傷んだ部分が治っていかなければなりません。これは医師が担当し、治療に当たります。二つ目が機能の回復です。もとのように動き、使える関節や下肢に戻さねばなりません。これはリハ専門職やコーチ、トレーナーが担当します。そして、最後が精神的な回復です。ケガをした記憶は、脳に残り、動きに影響を与えます。つまり、同じ4回転ルッツをしようとすればイヤでもケガした記憶がよみがえるのです。そして、本来の力を出させないように邪魔します。本当に勇気の要る段階です。これを乗り越えるには自分自身の心にある不安や恐怖に打ち勝つ精神力が必要なのです。
後で聞くと、まだ、注射をしなければならないほどの状態だったそうです。それならなおさら、演技で思い切りを持つには、克己心が求められたはずです。本当に敬服に値します。
最後に、女子カーリングについて、触れたいと思います。彼女たちの「そだねー」は流行語になりました。私は、地域スポーツのお手本だと思っています。今回は補欠で参加となったチーム形成の立役者本橋さんのスポーツと地域にかける思いがこんなにすてきなチームを育み、そして、大きな結果につながったのだろうと、これもまた、実際に試合で頑張った選手たちと同様に、先ほどの条件をかなえた方なのだと思います。
「自立」と「自律」、簡単ではないですが、彼らに学び、少しでも自分も、自分自身と向き合い、このテーマに挑戦したいと思っています。