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2018.09.01
さまざまなスポーツにおいて、マスメディアを賑わせる出来事が昨今目立つ気がします。大相撲の横綱日馬富士による暴行事件や、居合道の有段者試験における付け届けの慣習、アジア大会男子バスケットボール選手の代表のウェアを着て盛り場に出て違法行為に及んだことなど、一般の社会常識とはかなり異なる基準が、スポーツ界には存在しているという印象を持った方も多いのではないかと想像します。
中でも、指導者と選手の関係にまつわる事件というか、出来事も多発しています。スポーツ選手の健康管理に関わってきた経験も踏まえ、この現象について、私なりに考えてみたいと思います。
今年の2月オリンピック四連覇という偉業を成し遂げた伊調馨選手らが日本レスリング協会の当時の選手強化本部長である栄和人氏からパワハラを受けていたと関係者が告発していたことが明らかとなりました。
レスリング関係者が1月に内閣府に対して告発状を提出したことが発端となっています。パワハラとしては、伊調選手の普段の練習場所を利用できないように栄氏が圧力をかけたなどという内容だということです。日本レスリング協会は弁護士3人で構成される第三者委員会を設け、調査した結果、4月6日に一部のパワハラはあったと認定しています。それを受け、栄氏は同日に強化本部長職の辞表を提出して受け入れられていますが、まだ、全面的に解決したとは言えない状況のようです。
5月には、アメリカンフットボールのリーグ戦の前に行われている強豪校同士の定期戦で驚くようなプレーが行われました。日本大学(日大)のディフェンスラインの選手が繰り返し3度のパーソナルファウルを犯して、資格没収(退場)となる事態が発生しました。
試合の数日後、関東学生アメリカンフットボール連盟理事会が、理事長名義でケガをした相手側の関西学院大学(関学)の選手と関係者に謝罪しています。そして、審判が「アンネセサリーラフネス(不必要な乱暴行為)」と判断したプレーについて、より重い罰則を与え、同時に、日大指導者に厳重注意を行いました。
関学側は、試合後の日大の内田正人監督のコメントが、選手の反則行為を𠮟責するものではない内容であったことから、チームとしての見解や正式な謝罪を求めました。
実際のプレーの様子や、監督のコメントがインターネットを介して、急速に拡散し、事態がどんどん大きな問題となって、異例とも言える選手自身の記者会見が開かれるという事態にもなりました。
監督が選手を反則行為に及ぶ状態にまで、心理的にも追い詰めていたのではないかと想定されています。
そして、ボクシングです。アマチュア・スポーツ団体の代表者が、見るからに恐ろしげな風貌とファッションであるのにびっくりしました。ルールを自分で変えて、終身会長というのですから、組織として体をなしているとはとても思えません。そこで、彼の一声で、判定まで覆るというのです。
長距離ランナーの指導に当たって、日本体育大学でも9月、パワーハラスメント行為があったと陸上部駅伝ブロックの監督を解任したと発表しています。
日本のスポーツ界は、再来年の東京オリパラを控えて、大丈夫なのでしょうか?
私は、スポーツの現場、ことに世界を狙うような若い選手の指導において、優しいだけでその目標が達成できること何て無理だと思っています。人間は本質的にさぼりというか、楽を求める動物ではないでしょうか?よほどの理由がない限り、自分からあえてしんどいことに飛び込んでいくことはまれだと思います。
つまり、叱らないで、優しくニコニコしていて選手が彼らの能力の最大限を発揮できるまで成長してくれるような方法はないと言うことです。時には、厳しい指導が必要で、むしろ、それなしに、選手たちを引っ張ることは困難だと言ってもいいと思います。
たとえば、自分で勝手に「限界」を設けてしまい、もう一歩が踏み出せないでいるというのは時に起こります。そんな時、選手自身でももどかしさは感じています。しかし、手立てがなく、何となくもやもやして、集中できない雰囲気が漂うのです。こうなると周囲にも悪い影響を与えます。
私は、この状況で優しい指導で効果を求めるのはかなり厳しいと感じています。「そんな顔でこの練習の場にはいて欲しくない。」と伝えることは、流れとして理解できると思うのです。しかし、それをコーチが立場から選手を縛っているとハラスメントと判定されるとしたら、選手強化はとてもできない相談と言うことになると思います。
そこで問題は、指導者の考え方と選手の受け止めがきちんとかみ合うかどうかということになります。自分のことを信頼し、伸ばそうと一生懸命努力してくれていると選手が感じる指導者、そういう関係性の中で、パワハラだと文句を言い立てる選手は出てくることはないと思うのです。
指導者が純粋に選手強化を行うだけなら、問題は比較的単純化できると思います。しかし、そこに他の要素が入り込んでくると、物事は複雑になってきます。たとえば、スポーツ団体における地位に関係するとなれば、選手の選抜から練習場所、その他サポートスタッフの雇用に至るさまざまな出来事が、選手強化以外のことが勘案され、決められていくことになるかもしれません。
暗い話題の多いスポーツ界でしたが、明るい話題もありましたし、私からすると、少しずつ変化の兆しもあるように感じています。
ジャカルタで開かれたアジア大会、日本は不調な競技もありましたが、獲得メダル数において期待以上の成果を上げることができ、2020年に向けて良い準備が進んでいると総括する論評が多かったと思います。中でも大会のMVPに選ばれた競泳の池江璃花子選手の活躍は、本当に素晴らしいものでした。物怖じしないでインタビューに答える自信に満ちた表情は、彼女がしっかり競技と向き合っているという強さのようなものを感じさせるものであったと思います。
その彼女は、オリンピックまであと2年という時期に、コーチの交代を決断しています。そして、新たにコーチとなった三木二郎氏と戦略を詰め、世界に勝てる泳ぎのためのトレーニングに取り組んだと言います。アジア大会でその成果を見せてくれましたが、三木コーチは「おめでとう」と彼女を祝福している映像がありました。
これまで指導者は選手のことを語るとき、特に若い選手が良い成績を上げると、大人として発言していたように思います。「よくやってくれた」「選手たちに感謝している」といった表現です。「おめでとう」と祝福するコーチがいたでしょうか?
もう一つ、嬉しいニュースと私にとっては共感できる光景だったのは、全米オープン決勝でセリーナ・ウィリアムスを破って初のグランドスラムの一つを勝ち取った大坂なおみ選手です。昨年12月から彼女からオファーがあり、コーチを務めているのがサーシャ・バイン氏。二人が並んでインタビューを受けている時の様子が、私には、本当に上下の関係性ではない感じを強く受けました。
三木コーチが35歳、サーシャコーチが33歳、こうした若いコーチが選手とこれまでとは違う関係性の中で、選手強化ができるようになれば、きっと、日本のスポーツ界はもっと良くなると感じたのです。
スポーツ団体も老害を追放しなければなりません。そして有能で、コーチングのできる指導者育成のプログラムをすべての競技で確立する必要があると感じています。