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2013.05.01

簡潔に明確に、細部にこだわり、継続する(2012-5)

 

 5月20日に泉北の国際障害者交流センター「ビッグ・アイ」で開催された近畿SCD・MSA友の会の2012年度総会の盛会、おめでとうございます。いつものことではあるのですが、参加された皆さんのお顔が、帰途につかれる頃、お疲れが多少伺えるものの、どこかほっこり、明るくなられているような印象で、それが一番、心に滲みます。長い準備期間の間、多くの課題を一つずつ丁寧に解決して、この日を迎えられた役員の皆様方にとっては、会員の皆さんが帰られた後、無事にそして盛大に会が終えられて、さぞやホッとされたことがと思います。本当にお疲れ様でした。

 

 さて、今日は、私の日々の仕事の中で、この頃感じていることをお話しして、何か参考にしていただければと思います。私の最近の日常の業務は、一医師としてのものよりも、組織の責任者として行わねばならないことの比重が増してきています。外部での医療団体のお世話や学会での活動、さらには、関連するスポーツ団体での仕事もあります。しかし、やはり一番大変で、重要なのは、組織内部の管理や経営に関わる仕事です。たとえば、内部で生まれるトラブルや人事の案件に担当者を招集して協議を進め、外部の顧客からの大きなクレームには法律の専門家にも相談して対処し、将来の事業展開における経営判断は財務担当者や金融機関とのすり合わせを元に議論する機会を作ることなどです。こうした仕事は、結果がすぐに現れて、成果として誰かに喜んでいただくことが自覚できるものではありませんし、また、時間もかかります。その意味では、整形外科医としての診療を行っている時間の方が、自分のやり慣れた仕事でもあり、また、うまくいって嬉しい成果が短期間で返ってくると喜びにもつながり、かえって気が休まる場合すら起こってきます。

 

そして、ことに意識しているのは、組織の存続というテーマです。自分がヘルスケアというものをどういうものだと定義し、それのために、組織はどうあらねばならないか、さらに、そこでのスタッフはどのような人材が必要で、それにはどのような教育や研修が効果的か、など自分がいなくなったときの組織のあり方を意識して活動するようになってきました。還暦を過ぎて、自分のこれまでよりもこれからがずっと短くなって来たことを自覚し、自分が主体となって動くのではなく、周囲の人間、ことに若い世代にどのように継承していくかを考えるようになってきたからだと思っています。
その方法として、自分が気を付けているキーワードがあります。それは「1)簡潔・明確、2)細部、3)継続」ということです。一つずつについて、簡単にご説明したいと思います。

 

最初は「簡潔・明確」ということです。日常のコミュニケーションでは、多くの場合会話が主となります。また、報告書など文書で表現することも少なくありません。いずれにしても「言葉」を介して他者とつながり、意思を確認したり、伝達や説明、指示命令を行います。叱ったり、指導する場合も、特別の場合を除いて、言葉が主体です。この言葉による接点で、その内容が分かりにくいものだと、本当の意図が伝わらないために出発点から食い違いが生まれてしまい、時間をおくごとにその差が拡大する危険性も生じます。すべては、スタートでの発言のわかりやすさにあるといってもよいのではないかと思うのです。
日常の診療でも、診察のスタートはお話を伺うことから始まるのですが、自分の言いたいことだけに集中してしまい、こちらの質問が聞こえないような患者さんもおられます。質問に対して答えず、自分ことだけを話されるのです。もちろん、医者の前で緊張もされているでしょうし、自分の辛いことをともかく分かってほしいと頭がいっぱいになっておられるのだろうと予測はできるのですが、まったく会話が成り立たないのは困ります。少し時間をかけ、落ち着いていただくようにするのですが、日本の診療は、長くかけることはできません。一定の診察時間に多くの患者さんを見ることを前提に制度が作られているので、欧米の診療のように、ゆったりと時間をかけることはできないのです。また、一人の方だけにその配慮をするわけにもいきません。無理に時間をかけると、ただでも評判の悪い長い待ち時間がさらに延長してしまいます。ということで、結局、こちらから質問をして要点を絞らせてもらうことになります。
要点を簡潔に明確にすることから、病気の原因を考え(診断)、それに対する治療へと診療が進むことになるのです。これは何も診療だけに有効というのではありません。いろんな会議においても、トラブル処理でも、人への教育指導や指示を出すときにも、また、文章を書くときにも重要なことではないかと思っています。
話し始めると話題が次々と脈絡がなく出てきて、発言の時間はかなり長いのだが、結局その人が何を言いたいのかさっぱり分からないという経験は誰でもしたことがあるはずです。こうしたタイプのリーダーでは、部下は迷ってしまいます。書くことでも同じです。最近は、葉書や手紙を書く機会はほとんどなくなってきました。書くとしても、簡易な単文で構成され、絵文字まで入るメールですし、漢字変換は機械任せで、間違いに気付かないことも稀ではなくなってきています。文章を書く機会が減り、コミュニケーションの手段として、直接の通話が主体になって、きっと「言葉の感覚」が変わってきたためではないかと反省しています。
それでも、この簡潔・明確というキーワードは重要だと思います。人に過不足なく情報を伝えることはコミュニケーションの一歩目として忘れてはならないと思っています。要するに、「伝えたいことを簡潔に整理し、明確な表現を心掛ける」ということです。

 

二番目は「細部」ということなのですが、大きな方針というものを本当に具現化していくには、抽象的な努力ではおぼつかないということです。「簡潔・明確」な目標に向けての歩みは、数限りない細部によって成り立っているのです。そして、その細部において、それが、大きな目標と直接つながっているとは感じにくいところが、時に、細部をおろそかにする傾向が生まれる背景としてあります。

 

サッカーの日本代表チームの監督を二度にわたって経験され、現在、日本人として初めて中国のプロサッカーチームの監督に就任された岡田武史氏がNHKテレビの「仕事の流儀 プロフェッショナル」にて、こう発言されていました。
「これまでの日本チームの敗戦の原因は、評論家やマスメディアが言うように、戦術や方針の問題ではありません。それは間違っていなかったと思います。問題は、ここの場面で、選手たちが見せたホンの些細な緩み、ここは誰かがサポートしてくれるだろう、少しは間(ま)を詰めなくても大丈夫だろう、ディフェンスに帰るのが少し遅れた、もうこの試合はもらったなどの、細部が積み重なったためと思います。勝利の神は細部に宿るのです。」
 私は、大きな柱となる概念は細部によって現実のものになることを改めて認識しました。言い換えれば、日々の一つひとつにどれだけこだわり、きちんと納得できるまで説明と指導を重ねて、細部を磨いていくことが目標に到達する唯一の道だということです。
 三番目は「継続」です。続けることの重要さは、誰もが心にあると思うのですが、いざ、実行するとなると相当なエネルギーがいることに気付きます。一つの課題の解決に、6時間集中して仕上げたものと毎日1時間ずつ6日間かけたものとの違いです。短期集中は大変ですが、一気にやり抜くために、集中さえできれば比較的マネできるやり方ですが、毎日こつこつと欠かさず長い期間続けるという方法は誰でもできるわけではありません。

 

 マリナーズで活躍するイチロー選手は、以前オリックス時代に身体を診ていたこともあり、たまに会えば言葉を交わすのですが、独特の表現をして自分の哲学を語ってくれます。「人に優しいというのは、おかしいと思いませんか」と聞かれたことがあります。彼は自分に厳しい人が人に優しいとしたら、それは欺瞞としか思えない。人にも厳しくて当たり前だと思う。」と語っていました。その彼が「自分のできることをとことんやってきたという意識があるかないか。それを実践してきた自分がいること、継続できたこと、そこに誇りを持つべきだ。」と言っています。継続することが容易ではないからこそ、その重要性を強調しているのだろうと私は感じています。
ということで、この三つのキーワードを忘れず、次の世代へ、魂を付けて事業を引き継いでいきたいと思っています。何か参考になりましたでしょうか?



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