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2013.02.01
今年は私が整形外科医として仕事を始めて、35年目を迎えます。この間に、科学技術の進歩を実感しています。昨日までの常識が、今日には通用しなくなるほどの変化です。たとえば、内視鏡やMRIは私が医師になった当時にはありませんでした。今では、MRIはなくてはならない基本的な検査になっています。内視鏡は身体の中を観察するという検査から、のぞきながら処置を行う治療の目的へと進化しました。それによって、身体に与える影響が少なくなりました。具体的には、傷口が小さくなり、痛みが少なく、回復が早くなったのです。
ぼんやりとして、勉強しないでいるとこうした進歩から取り残されてしまい、良いケアを提供することができなくなる心配も出てきました。新しい治療法や新薬については、できるだけ情報を得るために、常日頃からアンテナを張るよう努力しています。
整形外科の診療を行う上で対象部位として最も多いと言われているのは「腰」です。この腰痛に関する標準的な診療について、昨年の12月、日本整形外科学会と日本腰痛学会は共同で「腰痛診療ガイドライン」を出しました。ここでは腰痛を診療する手順など、これまでとは異なる対応が提示されています。あまりに、これまでと違うので、医師がこのガイドラインを使いこなすと同時に、診療を受ける側もこうした変化についての理解をしなければ、両者の信頼関係が上手く築けない恐れもあると私は思っています。
たとえば、このガイドラインでは、十分な聞き取りやきちんとした診察で、腫瘍、炎症、骨折などの重大な脊椎疾患や内科疾患の可能性を考慮し、検査の必要な腰痛かどうかをまず見分けるよう示されています。そして、必要な人だけにレントゲンなどの検査を行うこととされています。腰痛を訴える患者さんのうち約85%は検査の必要のない患者という報告もあり、この結果からすれば、レントゲンが指示されるのは10人のうち、一人か二人という計算になります。今の診療はどうでしょう? 腰が痛いと告げれば、医師と話す前に、レントゲンを撮るような場合すらあります。それでは検査の不要な人にも取ることになるとこのガイドラインは提言しています。
いつからどんな風に痛みが起こったのか、そして、その痛みはどんな姿勢で楽になり、どんなときに一番辛いかなどの情報によって、腰痛がどこから来ているか、変な病気が隠れていないか判断することができます。事前の聞き取りは適確な診断にとって非常に重要になるのです。その後、痛いところを押さえたり、シビレがあれば、その範囲や程度を確認したり、足を動かす力が弱っていないか、また、血管はきちんと通っているかなどの診察をして総合的に判断していきます。
このほか、このガイドラインの内容をご紹介します。痛みに対しては、鎮痛剤を上手く使うことが推奨されています。そして、安静は可能な限り短くして、できる活動は続けることが勧められています。暖めることは短期間の有効性が認められていますが、牽引は効果がはっきりとは示されていません。慢性期には運動することが有効とされています。
こうしたやり方が、国際的な標準だとすれば、日本の診療は少し食い違っていますね。なぜ、こんな違いが生まれたのでしょう。一つには制度の問題があります。現行の診療報酬制度は「出来高払い」といって、医療行為の一つひとつに値段(公共価格ですね)がつけられていて、それを合計して診療報酬明細書(請求書になります)が作られ、年齢などにより定められた割合で請求されます。したがって、患者さんは窓口にて全費用の何割かを支払うことになります。こういう方式では、医療機関にとって、検査はすればするだけ、薬は出せば出すだけ、収入に直結します。入院医療の中には「定額制」といって、一定の額が決められていて、どれだけ検査をしても薬をしても、変わらない仕組みを導入している場合もあります。この定額制では、逆に、医療機関は入院中の医療行為はできるだけ制限した方が、収入につながるということになります。世界各国の医療制度では、この両方の仕組みを上手く組み合わせて、限られた財源で、より良いケアを提供する体制を作ろうと工夫をしているわけです。
日本で、レントゲンをむやみにとらない方式が普及しないもう一つの要因は、国民の検査好きの傾向です。これまでは風邪を引いたといって受診しても、血液検査や胸のレントゲン撮影がなされていたかもしれません。それは、健康審査の役割を果たし、国民の健康を維持する一つの役割はあったかもしれませんが、それも豊かな保険財政があったからこそできたことです。財政危機となり、十分医療にお金が使えなくなれば、本当に必要な人に必要な検査や治療ができるよう、みんなで工夫しなければなりません。しかし、これまで当たり前であったことが変わることを、すんなり受け入れることができるかどうか、私はそう容易なことではないと想像しています。
たとえば、医師が不要だと思う検査を希望する患者さんが外来を受診されたとします。この方に、その検査がなぜ不要と医師が判断したか説明し、納得を得るためには相当のエネルギーと時間を要します。一方で要求や希望に対して素直に「はい、分かりました。」と検査の指示をするのは1分でできます。忙しい外来で、どちらを選択するでしょうか?その上、収入が入るとなれば、後者を選ぶのは仕方のないことだと思うのです。
限られた資源を有効に使うということは、とても難しいことです。最初から限られておれば、厳しい制度も受け入れることもできるでしょうが、負担なしに、自由に行われていたことが制限されるのには心理的に大きな抵抗があるのは当然だからです。しかし、私たちの状況は、とても厳しい環境だと言えます。希望に従い、医学的に不要と判断される「無駄な」検査をしている余裕はありません。たとえ時間がかかっても、少しずつ理解を深め、このガイドラインに添った診療を受け入れてもらえるよう、説明を尽くすしかないと思っています。