読み物BOOKS
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2013.12.01
声楽家の澤田理恵さんをご存じでしょうか? 彼女は明暗が分かる程度の視力しかありませんが、同じく視力障害があり鍼灸師のご主人福原さんと「普通に」生活されています。でも、「普通」というのは、適切ではないかもしれません。なぜなら、澤田さんは本業のソプラノ歌手としてのコンサート(盲導犬を連れて年間50回!)などの個人的な活動に加えて、ボイストレーニングを指導し、ピアノを教えるという風に、音楽に関する活動に幅広く取り組んでおられます。私生活では二人の子供を育て、家事すべてをご自身でこなされます。そして、余暇は家族で海外旅行を楽しみ、さらにマラソンランナーのご主人に引っ張られてフルマラソンにも出場されており、この生活ぶりは「普通」以上です。視力障害のハンディキャップなどどこにも感じません。きっと、ご夫婦ともが好奇心旺盛であることだけでなく、人生に対して前向きで、決して簡単にはあきらめない生き方をされてこられたことが反映されているのだと思います。
こうしたご家族の日常は、「見えないことは不幸じゃない・全盲夫婦の夢と子育て」というドキュメンタリーとなり、数年前NHKで放送されました。ご覧になった方もおられると思います。二人の娘さん、長女の立春香(はるか)ちゃんと次女の明葉ちゃんで、視力が正常なのは明葉ちゃんだけ。ご本人のお母さんも視力障害があります。
この中で、はっとするような子供への指導の場面があります。視力障害のある立春香ちゃんが茶碗を割ってしまうのです。学校では、割れ物を自分で片づけたらケガするから何もしなくていいと扱われて、片付けを怖がる娘さんに、父親は「そっとすればケガはしない」と諭しながら、最後まで自分で片づけさせるのです。そして泣く子を笑顔で母は抱き締めます。そこには、家族の信頼でつながれたストレートな愛の姿がありました。
この澤田さんの得意な料理なんだと思いますか? 揚げ物なんですね。彼女と知り合い、仲良くなった私の友人からの情報です。友人は、澤田さんと名古屋で夕食を食べに行くことになります。そこで、自分の大好きな「味噌煮込みうどん」に誘います。タクシーに乗ってお店に着く直前に、彼女に視力障害があることを思いだし、焦ったそうです。このうどんは、ぐらぐらと煮え立つ鍋で出てきます。それを小鉢に移し、それこそ「フーフー、ハフハフ」とすするように食べるのです。そのことをすっかり忘れていたのです。目の不自由な方にとって、この熱いうどんを食べるのは簡単なことではないのではと気付いたのです。気がついてすぐに、どんな料理であるか、どうして食べるかを説明して、別のお店にするかと聞いたそうですが、「おいしそう」と澤田さんにお店を変える意思は全くなく、結局、お手伝いしながら食べたそうです。
自分は、ご飯にスープと半熟卵をかけて、かっ込むように食べていると、食べる音がうどんではないことに気付いた澤田さんから「何だかおいしそうな音がするわね。」と言われて、それも作って差し上げたそうです。その時に、得意な料理が天ぷらであることをおっしゃっていたそうです。
料理に関してはなかなかのエキスパートである私の女房がその話を聞いていて、「それは分かるわよ。だって、天ぷらって、揚がり具合で音が変わるもの。」とその意味を説明してくれました。なるほど、澤田さんは音を聞きながら天ぷらを揚げておられたのですね。
私は、目が悪くなってきたといっても、いわゆる老眼で、この程度の変化はみんなが経験するものでしょう。今、視力障害になったとしたら、その「見えない」という事態をとても受け入れることができないと思います。いかに視力に頼った生活をしているか、電気のスイッチが分からないホテルの一室で、ベッドの端っこに躓き、泣きそうなくらい痛い中、悔しくて情けない気持ちになったことを思い出します。
障害を持てば辛くて情けなくなり、くじけてしまいそうになる人が多いのは、想像できます。ダメージを受けたらそうなるのは当たり前とも言えるでしょう。ですが、澤田さんの生き方は、完全にそうした安っぽい同情を吹き飛ばしてしまう迫力があります。増谷文雄さんの「仏陀のことば」(角川選書)の中に「“一夜賢者“の経のこと」という一節があります。
過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられた。
未来はまだやって来ない。
だから現在のことがらを、現在においてよく観察し、
揺らぐことなく動ずることなく、よく見きわめて実践すべし。
ただ今日なすべきことを熱心になせ。
誰か明日の死のあることを知らん。
前向きに変わるために失敗を生かす反省は意味があるかもしれませんが、過ぎたことをただくよくよ思い悩んだり、どうなるか分からないことをはかなんだりして、自分で自分を苦しめなさんなということではないかと思います。その代わり、今を大切に、今なすべきことに集中しなさいという頭の切り替えを勧めているようにも読めます。しょんぼりしている暇があったら、今するべきことを突き詰めろということかもしれません。
きっと、澤田さんは、今できることを毎日毎日積み重ねて来られて、その結果、ある種の高みに到達されたのでしょう。日本人は、みんなと一緒でいることを大切にする教育のせいもあって、受け身な生き方が得意で、主体的で、能動的に自分から働きかけることが苦手な気がします。しかし、自分に何かが起こったとき、自分にしかできないことを徹底して自分から積極的に取り組もうとすること、それを継続することは、事態から抜け出し、自分らしい人生にしていく一つの方法であるように思います。機会があれば、是非、澤田さんの歌声に接してみてください。