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2016.11.01

科学は予見はできないが…(2016-11)

 

 現代社会では古代や中世のように、科学的な思考がなかった時代とは違って、さまざまな現象が説明できることが当たり前になってきています。先人たちの飽くなき科学的探求心から輝かしい技術革新が生まれ、生活は便利になり、医療においても、抗生物質などの開発やカテーテルや内視鏡などの操作による検査・治療が格段に進歩しました。

 しかし、一方では、まだ分からないこともたくさん残っています。最近では、これだけ発達したITなどの科学や通信技術を持ってしても、予測し得ないこともあることを思い知らされる出来事がありました。EUから離脱かどうかが問われた英国の国民投票であり、今回のアメリカの大統領選挙です。多くの専門家やマスメディアが調査を行い、予測した結果は見事に覆されました。調査結果の分析に問題があるのではなく、アンケートやインタビューでの質問による調査という方法が持つ限界なのかもしれません。質問された方が正直に回答し、その通りの投票行動をとることが前提条件であるにもかかわらず、これらの投票では、正直に回答しない人がかなり含まれていた可能性があります。人々の心の中までは、調査できませんし、分析の力は及ばないことになります。

 さて、この話と同じになるかどうか分かりませんが、私は整形外科医として診療を行ってきて、以前から抱いてきた疑問が、最近さらに大きくなっています。そのことをお話ししたいと思います。

 それは身体、ことに骨・関節、筋肉、神経といった運動器に起こる痛みなどの不具合の原因に関することです。医療がめざましい進歩を遂げたのは、ある病気に対して、たとえば、「細菌」という明瞭な原因が突き止められたことが契機となったと思います。それを可能にしたのが顕微鏡でした。遺体の解剖から学者たちは人体に起こるさまざまな病気があることに気がつき始めていましたが、残念なことに生きているうちに観察することはかないませんでした。レントゲン線を応用して人体の内部が見えたとき、もどかしい思いを解決するいとぐちを感じ、多くの治療者たちは大きな興奮を感じたことだろうと想像します。

 その後、超音波が応用され、レントゲンとコンピューターによる画像処理を重ねてCTにより断面図が示されるようになりました、さらに、MRIでは、それまでぼんやりとした見ることができなかった内臓や血管、軟骨や靱帯まで明瞭に映し出すことができるようになったのです。

こうした人体内部を観察する技術により、そこで見いだされた形態上の異常は、病気やケガの原因としてすんなりと受け入れられたのです。原因が分かれば、治療が進むはずだという論理です。

そこで、大きな解釈の違いがあることに未だに多くの人は気づいていないと私は感じるのです。ことに、整形外科が扱う運動器の領域でこの矛盾が生まれています。皆さんは、「変形性関節症」という病名を聞いたことがあるでしょう。加齢によるものが多いのですが、関節をスムースに動かすために骨の表面を覆う「軟骨」がすり減った状態と解釈されています。それは、レントゲン像としては、骨と骨の隙間が狭くなったり、なくなったりすることで、診断されます。

ところが、レントゲンのこうした変化があっても痛くない人がたくさんおられるのです。おかしいですね。医師は「軟骨がすり減って、骨と骨がすりあわされるようになっているために、痛みが出ている。いったん傷んだ軟骨が元に戻ることはないから、治らないので、人工のものに取り替える手術を勧めます。」などと説明します。

この理屈は、軟骨がなくても歩いている人たちがいる現実を無視したものとなります。実際、私たちの施設では、仮に強い変化をレントゲンで認めても、体重ののせ方を変えるように歩き方の指導をしたり、膝周囲の固くなってしまった筋や筋肉を柔らかくしたり、また衝撃を吸収してくれる役割を持つ周りの筋力を強化させる体操を指導していますが、これによって、半数以上の方の痛みがなくなっています。

椎間板ヘルニアでも同じです。「MRIの結果、神経を圧迫しているから手術が必要だ」という説明を受け、別の医師の意見が聞きたいと来院された患者さんがたくさんおられます。その方々に、「私たちは、薬や注射などの方法で、痛みがある程度治まれば、必ずしも圧迫があっても痛いとは限らないので、再発を予防する意味でも、生活での動作指導や運動の導入で経過を見ています」とお話ししています。実際、手術が必要となる患者さんは10人に一人程度だということになります。

つまり画像だけで判断すると、不要かもしれない処置を行ってしまうことがあるということになります。

形と病気とが因果関係にあるという思い込みは、私はなくさなければならないと思っています。形は、症状と相関していることはありますが、単純に結びついているのではないということです。一つの物事が何かの原因であるという論理は力強いのですが、世界や人間という複雑きわまりないものを相手にするときには、滅多にそのような単純な図式を適用することはできないと考えた方がいいのではないかと私は考えています。

太っているからといって、全員が変形性関節症にはなりませんし、タバコは有害だといっても、喫煙者全員が肺がんや心筋梗塞になるわけでもありません。

科学による研究の結果というものの多くは、将来起こることを正確に予見することはできませんが、起こる確率が高いグループとそうではないグループを分けることはできます。そこで、そのリスクが高い方へのアプローチをすることで効率的な予防策ができるのです。アンケートや臨床成績などの結果を分析するときには、こうした注意深さが要求されるということでしょう。

 

 

 



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