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2016.10.01

リオに行ってきました。(2016-10)

 

「リオに行ってきました。」

 近代オリンピックは、普仏戦争に敗れ沈滞ムードが漂い若者たちの覇気がないと感じたフランスの教育者クーベルタン男爵の努力があって、開催までこぎ着けられたと言われています。第一回大会は1896年に古代オリンピックゆかりの地アテネで開催されました。その後、古代オリンピックに習い、パリ、セントルイスと4年ごとに開催され、戦争で開催できない時期もありましたが、現在まで継続しています。

 この4年という間隔が絶妙で、そのタイミングに合わせて、自分自身をピークのコンディションに持って行ける選手は良い成績につながるのですが、微妙にずれると本来の実力が発揮できない場合もあります。毎年行われる世界選手権では常に上位にいる選手が不思議にオリンピックでは勝てないといったことが起こるのです。選手にとって、オリンピックは特別な大会となり、参加に向けて努力すると同時に、勝つためには大きな重圧とも戦わなければならなくなります。それが勝負においてドラマを生む背景となり、選手には残酷なようですが、見る側にとってはおもしろさが倍増し、たまらない魅力を持つ大会になるのでしょう。

 今年は始めて南米大陸での開催となりました。開催国ブラジルはサッカーのワールドカップを成功させ、国際大会の誘致に自信を持っていました。しかし、その後、経済情勢が変化し、それに伴い大統領の政治的リーダーシップも力を失い、景気の悪化で職を失うものが増加して、結果的に治安が悪くなっているという状況が報道されていました。

 当初は、夫婦で参加しようと予定を組んでいたのですが、毎日犯罪が多発していると治安の悪さが強調され、あまりに危険だと周囲の心配する声が大きくなり、結局、私一人の参加となりました。

 私の参加の目的は、選手の身体のケアを受け持つことがあるシンクロナイズドスイミングを応援することでした。トレーニングコーチとしてチームに帯同している浅岡トレーナーは理学療法士で、島田病院で勤務していたことがあります。井村コーチが2006年から中国チームを指導するようになった時に相談を受けて彼を紹介しました。井村コーチの指示に従い、選手の体力面の強化だけではなく、勝つために体型を変えるための工夫を取り入れ、同時に、ケガの予防や治療に尽力してきました。

今回、2014年に井村コーチの日本代表への復帰が決まってすぐに、彼女からの直接の要請によりチームに入り、ロンドン五輪で取れなかったメダル奪還を目標に活動を続けてきました。その縁があるために、合宿中に訪問したり、大阪では選手が受診したりして、選手の健康管理をお手伝いしてきたわけです。

競技の結果は皆さんご承知の通りで、日本のシンクロチームは、2大会ぶりに二つのメダルを獲得できました。多少なりとも関わってきた人間の一人として、本当に嬉しかったです。4年後に控える東京での次のオリンピックでは、さらに、違った色のメダル獲得を是非かなえていただきたいし、そのために私たちができることは何でもお手伝いしたいという思いでいます。

 しかし、こうした競技の詳細を語るのは、この報告の意図ではありません。この大会を通じて、私が感じたことを述べたいと思います。

 それは負けた選手の態度やインタビューでの発言についてです。大会の前半、柔道の試合が続き、金メダルを期待されていた選手が銅メダルだったということがありました。マイクを向けられた選手たちが一様に「申し訳ありません。」と謝罪の言葉を口にしていました。中には「このままでは日本に帰れないと思って頑張りました。」という発言もありました。スポーツに限らず、勝負の世界では必ず「勝者」と「敗者」が生まれます。勝者が栄光に包まれ華やかに賞賛されるのは当然です。でも、敗者が背を丸め、下を向き、口をついてでるのは反省ばかりで、次に謝罪の言葉が出るというのは一般的ではないように思うのです。実際、日本人以外では、あのような姿はあまり目にすることはありません。

 ことに、シンクロ競技の合間に観戦した女子レスリング吉田沙保里選手の姿は、とても痛々しく、正視できない気になりました。その前日、伊調馨選手がオリンピック四連覇を達成していました。会場に集まった多くの日本人の人たちは、実績が上の吉田選手にも同じ結果を期待し、取って当然、勝つのは当たり前といった雰囲気があるように感じました。そんな中、静かに始まった試合はなかなか膠着状態が解けません。やや強引な攻めを返され、相手に得点が入ります。そのまま時間がなくなっていきます。場内には奇妙な静寂が訪れていました。

そして、終了。泣き崩れる吉田選手。その姿はその後行われた表彰式でも同様です。晴れ舞台を想定して指名されたであろうプレゼンターのJOC竹田会長から銀メダルをかけられる吉田選手は泣き顔で、私の位置からでも「ごめんなさい」と繰り返しているのが分かりました。

 選手団のキャプテンとして臨んだリオ五輪。勝って当たり前のムードがどれほど彼女にのしかかっていたのか、その現実を知らされる光景でした。「私たちは彼女に甘えている」それが、私の脳裏に浮かんだ感想です。

 後で振り返ったとき、その後のNHKのインタビューは、その彼女の心情を十分に配慮したものであったことが救いでした。

 さて、なぜ、日本の選手たちは謝るのでしょう? それぞれのスポーツ種目を経験したことのないものは、勝負に向かう選手たちがどれほどの練習を積み重ね、どんな意図で試合に臨んだのか、そして、相手がどんな選手なのかも知りません。多少、知識としては持っていても体感したものではなく、身体を通して経験した情報は全くない状態です。それなのに、過去の実績から、過度な期待を持ち、「勝つと信じて」しまって応援の場にいます。応援する選手の敗北はあくまで想定外で受け入れがたく、大きく期待に背くものになります。過激な表現をすれば、演技者に下手な芝居を見せられたと「入場料返せ」と文句を言うような心情に近いものです。

 オリンピックでメダルが期待されている選手に関しては、応援席の関係者にも取材陣が付く光景があります。ご家族に、どんなお子さんでしたかと尋ね、何らかの報道につながるエピソードを拾おうとします。しかし、敗戦すると、手のひらを返したように誰もいない状態になります。ご家族は隠れるように小さく身を縮め、選手と同じく、謝罪の言葉を口にするのです。

 なぜ、そんなことが起こっているのでしょうか?私の想像では、経験してもいないのに、その競技にまつわることを知識として知っているだけで批評家になることが許されているからではないかと考えています。それは、教育現場で、あるいは、一部の職場でも知識や知能といった書物や情報が多くて、それを取り出すことがうまいものがもてはやされるという社会になっていることと無縁ではないでしょう。やってみなければ分からないことを、経験したことのないものが厳しい批判をすることは、実に不思議なことです。何の根拠があると言うのでしょう?私は、経験していないものはそれを積み上げて舞台に臨んでいるスポーツ選手への敬意をもっと払うべきだと思うのです。

 一番悔しい思いをしているのは選手本人であり、指導にあったコーチや関係者にとっても、残念な結果に違いありません。しかし、必ずそこで得たものがあるはずです。期待されながら敗北という結果に終わった選手には、その立場からしか見えない事柄や自分が始めて気付いたこともあると思います。それらについて、語ることができる範囲で伝えていただければ、私たちに取って、この上ない情報になるような気もします。

 以前から日本にはスポーツ文化が根付いていないという意見があります。音楽と比較したとき、優れた音楽が持つ芸術性は誰もが認めるけれども、スポーツとなると結果の勝敗に興味がいって、鍛え上げられた選手の素晴らしい身体活動については、同等の評価が与えられていないことがその証拠としてあげられるでしょう。

ともかく4年後の2020年、東京でこのオリンピックという大きな大会が開催されます。メダルの数が話題になるのですが、それだけが関心事となってはつまらないと思います。良い成績を取ることと同時に、その場に出るために大きな努力を費やし、そして、一生懸命戦って、そして勝敗の決着が付いた後で、謝罪ではなく心に染みる話ができる選手たちを待ちたいと思っています。そのためには、私たちにはそれができるようなスポーツ文化を醸成させることが条件となるのではないでしょうか。

 

 



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