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2016.04.01

 「生命を守る」治療と「尊厳を保持する」ケアの合体(2016-4)

 

 先日、スウェーデンで成功例が多数あるという子宮移植手術が行われ、経過が順調であるというニュースを読みました(AFP=時事37http://www.afpbb.com/articles/-/3079598)。

科学技術の進歩とともに人びとが医療(ヘルスケア)に求める役割や期待も変化しています。私自身、医師として、約40年間この仕事をしてきて、ケアの現場での地殻変動のような動きがあることを実感しています。このニュースは私の感想を再確認するものでした。

 報道によればこの女性には、子宮に先天的な問題があり妊娠できない状態(統計的には女性の35%)で、16歳の時に自分が不妊症であることと知らされたそうです。現在26歳で、3人の男の子を養子として育てています。

アメリカでは初のこの手術は、クリーブランド・クリニックで行われました。担当医たちは2014年末までに、9例子宮移植手術の後、妊娠5例と出産4例の結果をもたらした実績のあるスウェーデンのヨーテボリ大学で学んだそうです。226日、30代で急死した、出産経験のあるドナーから子宮の移植を受けたと記されています。

術後1年間は拒絶反応(免疫)抑制剤を服用しますが、その前に医師らは機能している卵巣から卵子を取り出し夫の精子で受精させて受精卵を作り、着床ができるようになるまで冷凍保存して待機しています。この手術による恩恵を受けるには、まだいくつかの関門があり、時間もかかりますが、自分の子供を持てないという状態を技術の進歩が救い、可能性をもたらせたことは間違いのない事実です。

ところが、39日残念なことにクリーブランド・クリニックは、この子宮移植を受けた女性が合併症を起こしたため、移植した子宮を摘出したことを明らかにしたと報告されています。(http://www.afpbb.com/articles/-/3079905

同病院は、今回の移植手術が失敗した理由を調べながら、予定されている子宮移植については、引き続き臨床試験を行う考えを示しています。

また、ガン治療に関しても、近年大きな変化があります。たとえば、乳ガンです。遺伝子の解析により、乳ガンになることを抑制する遺伝子の異常を見つけることが可能となってきました。そのため、現在はガンではないにもかかわらず、将来の発ガンの予防のために手術を先に受けるという事例も生まれ始めているのです。

アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーさんは20135月、「ニューヨーク・タイムズ」に寄せた論説で、遺伝性のがんを予防する措置として両乳腺切除手術を受けたことを明らかにしました。乳がんと卵巣がんの発症率が高くなる「BRCA1」という遺伝子の変異があることを知り、母親や叔母がガンで亡くなっていることもあり、予防的な手術を決断したということです。さらに、2年後の20153月に再び「ニューヨーク・タイムズ」に、血液検査の結果から初期の卵巣癌の可能性があることを医師に告げられ、遺伝子変異のリスクに加えてガンを患った近親者が多いことも考慮して卵巣と卵管の切除術を受けたと寄稿しています。

実は、ジョリーさんはもう一つの手術を最初の乳房摘出の時に受けています。「乳房再建術」です。乳ガンの手術は乳房だけではなく、その下にある筋肉や脇の下のリンパ節まで一塊にして取り出すようになり、再発が減って、治すことができるようになりました。しかし、一方で、無残な手術後の傷跡や外見は患者さんご自身にとっても、決して消すことのできない傷を残すことになっていました。とはいっても、できるだけ組織を残そうと外科医が判断を甘くすれば、ガンの再発という最も恐れる事態が生まれることになります。

そこで、摘出自体は外科医の思惑通り、きちんと病巣を取り除く代わり、その後で形成外科医が乳房を新しく作り直す処置を加えることにより、欠点をカバーする方式が推奨されるようになってきました。その技術も進み、さらに、元々は自分の身体の一部を用いる乳房再建術しか保険の適用がなかったのですが、20137月から人工乳房(乳房インプラント)を用いた乳房再建術も保険適用となっています。しかし、乳房インプラントの保険適用から、しばらく経過しますが、乳房再建術の保険適用の認知度は、一般市民だけでなく、患者・家族でもまだまだ低いことが指摘されています。

いずれにしても、病気になって、「治すためにはいろんなことを我慢しろ」と医師が言ってはいけない時代になって来たのは確かなことだと思います。その当時の診療は、医師をはじめとして医療者が上で患者が下という上下の関係で、患者は医療者に従うのが当たり前という時代でした。しかし、今は違います。診療というと治療だし、介護が含まれていない気がして私は「ヘルスケア」という用語を使っているのですが、医療者と患者は並行関係でなければいけませんね。科学的な知識や経験は医療者が多く持っていることは間違い入りませんが、個人の考え方や価値観は分かりません。両者が話し合い、情報を交換して方策を話し合い、そして、協力しながら困った事態に立ち向かっていくというのがこれからのスタイルなんだろうと思います。

どうぞ、皆さん、ご自分がしたいことや大切に思っていること、または絶対にしたくないことなどを医療者に伝えてくださいね。それを聞こうとしない医療者もいるかもしれません。しかし、今は、どんどん変わってきています。以前話したらひどく叱られたといういわばトラウマをお持ちの方もおられるかもしれません。どうか、勇気を出して伝えて欲しいと願っています。

なぜなら、そうした個々人の思いをお聞かせいただいた私たち医療者はできるだけその思いに添えるよう活動するはずですし、その経験が、きっと優れた医療者を育てる土壌になると思うからです。

医療者と患者さん・ご家族が対立しては何も生まれません。お互いの理解のもと協力関係が成立してコラボレーションを基盤としたケアのあり方が普及すればきっと、大きな痛みや苦しみを、少しは減らすことができるのではないかと思っています。どうぞよろしくお願いします。

 

 



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