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2017.05.01

人は人によって傷つくが、人によって癒やされる(2017.5)

 

「あっ、お母さん、あの子ダウン症だねぇ。」という言葉が耳に入ると、私はきっとちょっとドキッとするに違いないと思います。何か、ダウン症の子どもを攻める言葉を無邪気に発したのではないかと感じるからでしょう。でも、これは妹がダウン症の7歳のお姉ちゃんの言葉だと知ると、状況は変わってきます。

この話を私は母親が綴るブログを読んで知りました。お姉ちゃんは、街なかでダウン症の子を見かけると、決まって嬉しそうに大きな声でこう言うのだそうです。妹がダウン症だから、同じダウン症の子を見かけると、嬉しくなるみたいだとお母さんは書いておられます。お姉ちゃんにとって「ダウン症」はマイナスイメージではないことは確かです。ブログでは、お姉ちゃんはこういったとされています。「身体が弱くて、筋肉も柔らかくて、ゆっくり育つから、まだ出来ないことがたくさんあって、ちょっと、大変そうだけど、みんな笑顔は最高よね~。」

 私の仕事仲間で介護職の一人が4人目を身ごもり、そして、出産しました。産休中の彼女と近くのスーパーでばったり会いました。

「どう、うまくいってる?」と尋ねると、一瞬、間が空きました。「あれっ!?」心の中で何かまずいのかなと思いましたが、発してしまったものはもとへは戻りません。すぐに彼女は涙目で「ダウン症だったんです。」と私に告げました。「育てるのは大変だけど、屈託のない笑顔が宝物だって、知り合いから聞いているよ。」と話しました。母親の顔になった彼女は頷きながら、「上のお姉ちゃんが優しくて…。」としみじみした表情で話してくれました。

 育児の実際の苦労を知らない私は何も言う資格はありません。ただ、障碍者の方々とのスポーツを通じての交流から、いろんなことを知ることができました。たとえば、ダウン症の人たちとの触れあいでいえば、彼らの素直で率直な言動から、自分がいかに多くのフィルター、しがらみ、そして、勝手で余計な思い込みに縛られているかを思い知らされたのです。私自身にとっては、彼らとの交流によって、本当に大切なことに気づくことができた体験でした。その母親のブログでは次のような一節があります。きっと、大変な毎日だろうに、しみじみと心に届くメッセージだと感じました。

 

神様から、1000人に1人の割合で選ばれた勇気ある子どもたち。色んな合併症を抱えていても、がんばっていて、我慢強い子どもたち。みんな顔が似ているのは、神様から一本多く染色体をもらったから。みんな『神様似』・・・。

 

認知症についても実際にケアに当たると周囲の方々のご苦労が身にしみます。その原因となるアルツハイマー病では、徐々に進行するにつれ、その人本来の「らしさ」を奪っていって、元通りに回復することはほぼ期待できない病気だと言われています。25年ほど前にカナダで訪れたアルツハイマー協会では、この疾患にかかった人を「患者 patient」とは呼ばず、「犠牲者 Victim」と表現されていました。それほど、この疾患は本人のみならず、周囲も巻き込み、幸せを奪ってしまう過酷な面があるということだと思います。50歳代でこの病になった妻と、彼女を支えるために、仕事を退職し、亡くなるまで寄り添い、世話をしたご主人を取材した記事では、ご主人のこんな体験が書かれていました。

もともと音楽の教師だった奥さんは歌が好きで、家事をしながらハミングしたりしていたそうです。しかし、53歳頃から、同じことを何度も繰り返し言うようになり、きちんと片付けをしないと気が済まなかった人が、出したものを元の場所に戻せなくなり、何だかおかしいと感じて、病院に連れて行くと、この診断を告げられました。

当初は、仕事を続けながら、職場の理解を得て、昼に自宅に戻り、食事を作り一緒に食べて、身支度を調え、再び職場に戻る生活をしていました。しかし、あるとき、帰ってみると彼女がいないことがあったのだそうです。足下の地面が急になくなり、地底深く引き込まれていくような不安を覚えた彼は、慌てて大声で名前を呼びながら、近所を探し回ります。幸い、公園のベンチで一人ぽつねんと座っている彼女を見つけて、うちに連れて帰ることができたのですが、その時の自分が味わった巨大な不安感は、恐怖にもつながり、このままではダメだと、退職を決意するのです。

近くに住む長女は父親が、認知症の母親を連れて外出するのをいやがります。「母さんを見世物にしないで。」と父親をなじりました。しかし、彼は、連れて出ることを止めようとはしませんでした。四季折々の自然や天候の変化に触れたときに見せる表情は、家にいる時とはまったく違うことを知っていたからです。彼女がそうした外の環境がある種の刺激になっていると強く実感していたし、そうした刺激が彼女らしさをつなぎ止めるために必須のものだと思ったからです。

止めずに続けていると、近所の人たちも彼女の状態を理解してくれるようになってきます。時には、話し相手になってくれるようにもなってきました。彼はひとときも彼女の側を離れることなく、彼女との時間を大切に過ごすのです。そして、その時間が実は自分自身にとってもかけがえのないものであることに気づいたのです。

でも、そう思えるようになるまでには、時間もかかりましたし、危機も訪れました。自分の人生が彼女のために、犠牲になっていると感じたことがあったのです。これが、その後もどれくらい続くことかと思い至り、これでいいと思っていた事柄が全部信じられなくなり、突然自信を失います。

彼女を誘い、近くの高台にドライブしました。頂上に着いて、その崖の端に立ちました。頭の中にはこの状況を終わりにしたいという願いが渦巻いています。そのためには、ここで死ぬしかない、そう思い詰めていたのです。そのとき、横から彼女のハミングが聞こえてきました。急に我に返りました。自分が何をしようとしていたのかに気付きました。自分自身に驚き、慌てて自宅へ戻りました。

「彼女のハミングがなかったならば…。」時々、彼はその瞬間のことを思い出すそうです。

 

人は驚くほど簡単に傷つきます。しかし、逆に、人は、信じられないほど辛抱強く、耐えることができる存在でもあります。そして、人は、自分の意思とは別に、何かに導かれるように思いもかけない行動をすることがありますし、その一方で、自分の頭の中から1センチたりとも外へはみ出すことができないこともあります。

ある程度の予測は可能なのかもしれませんが、私は、結局、人というものは、分からないものだという風に感じています。分かろうと努力を続けて、何かが分かった気になったとき、実体はすっと分かったと思った分だけ、先の方へ移動してしまっている、そんな感じです。だからといって、分かろうとする姿勢を止めようと思ったことは一度もありません。少なくとも、今までとは違う視点を持つことができたことを僥倖と考え、また新たな何かを探し続けるのだろうと思うのです。

医師として仕事をしていて、さまざまな方の千差万別の悩みに出会います。表面上は同じに見える訴えであっても、その問題は、決して同質のものではありません。診療が科学的なものだけで成り立っていると考えるのは間違いだと思います。医療者は、おひとりお一人の悩みの背景にあるものを、お話しを通して感じ取り、同時に、その人が求めている解決のありようへの希望をもすくい取らねばなりません。そして、一緒に次のステップへのいとぐちを探していくのです。こうした過程は科学ではないですよね。

人が人を傷つけることができると同様に、人が人を癒やすこともできるのだと信じることが大事だと思うのです。医師としては、自分の発する言葉の一つひとつ、肩に置く手、かけるまなざし、すべての表現を駆使して、何らかの癒やしの道へのとっかかりを見つけたいと願いながら診療に当たりたいと思っています。

そのために、ダウン症の子どもたちや認知症の高齢者は多くの知恵を私たちにに授けてくれる大切な存在だと私は思っています。

 

 

 

 



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