読み物BOOKS
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2019.12.01
文藝春秋社から2016年7月29日に出版された『超一流になるのは才能か努力か?』という本があります。著者はフロリダ州立大学心理学部教授アンダース・エリクソン(Anders Ericsson)先生です。
彼は、スポーツ界や芸術の世界で、超一流と言われている人たちを長年にわたり研究して、生まれつきなのか、後天的に努力によって、成長したのか、超一流になる道筋を明らかにしようとしています。
私なりに、彼の研究をまとめると、一つ目は、生まれついての才能などないということです。では、どうして、素晴らしい演奏ができるバイオリニストとそうでない人という違いが生まれてくるのでしょう。
彼は、その要因を練習時間とその内容だと結論づけています。超一流のバイオリニストは18歳までに、平均で4000時間も多く練習を積んでいたとしています。練習時間がそのレベルに到達するだけではダメです。練習に際して、居心地が良い領域(コンフォート・ゾーン)ではなく、限界を少し超えた負荷をかけ続ける自分にとって辛い「限界的練習」を行うことだというのです。しかも、こうした厳しい練習は、グループではなく、一人で没頭する時間を確保することが必要だとも述べています。
私はスポーツ医学という分野を専門として、幅広い競技をする多くの選手たちのケガは障害を診てきました。そして、その世界で一流と呼ばれる選手たちと交流する機会もありました。そこで、感じていたことは、エリクソン先生の研究成果に合致することが多く、大いに共感を覚えて、この本を読みました。
強い選手になるために、質の高い練習を積み上げる以外の方法はないと思います。練習をしないで、強くなることなどあり得ないのです。こんな当たり前のことですが、なかなか普通は、辛い内容の練習プログラムを、毎日続けるということができないので、つい、手抜きをしたり、楽な方法に取り替え、自分がやりやすい方に流れてしまうということになりがちです。
また、追い詰めることばかり考えて、自分の体調を無視する選手もいます。身体が練習内容についていかなくなったり、疲労の蓄積で耐えられない状態になっているにもかかわらず、最初に立てた計画通りに勧めることだけに集中して、結果的に身体が傷み、それを取り戻すために余分な時間がかかってしまうこともあります。自分の身体の状態を客観的に知りつつも、必要な負荷を、たとえそれがかなり辛いものであってもかけ続けることができる能力というのは、よほど自己マネジメントが優れていないとできるものではありません。
同じ動作を積み重ねて起こるスポーツ障害と呼ばれる症状は、スポーツ医学にとって、重要な課題です。その症状を起こす原因となった動作をしないように指導することは、確かに使わないのですから、症状は改善するでしょう。しかし、その動作を再開すれば、同じ症状が再燃することはいわば必然のことです。とすると、スポーツ医学では、同じ動作をしても、つまりピッチャーが投げることによって肩が痛くなったとして、投げるのを止めさせてはスポーツ医学の存在を否定しているようなものです。再び投げたとしても、同じような症状が出ないようにすることこそが使命ということになります。では、どうすれば、使っても痛まない身体を作ることができるでしょうか? その動作によってかかってくる負担に負けない身体を作り上げれば良いのです。そのために意図的なトレーニングや日々の手入れが不可欠となります。
超一流と言われる選手たちは、こうした当たり前のことが、きわめて日常的に自然にできてしまうものだと、私は痛感しています。逆に言えば、自分の身体を自分で調整できない選手は一流にはならないと言うことでもあります。自分の身体の使い方にどのような特徴があるのか、その特徴は競技を継続していく上で、正しいものか、矯正が必要なものか、その上で、その使い方を選択するとしたら、どの部分にどんな負担がかかってくるのか、では、その負担に負けないように、どの部分をどんな方法で強化すれば良いのかと、論理立てて、自分の身体と向き合うことができるのです。
もちろん、周囲に適切なサポートをするコーチがいることも重要な要因となります。環境を自分自身で準備することは簡単ではありませんから、サポートスタッフと相談をして、効率的で効果的な練習プログラムを作り上げていくことになると思っています。
さて、ここまで、スポーツ選手のことを話してきましたが、この一流の対処は、加齢や病気による身体の機能低下や、機能障碍にも適用できると思います。身体は使わなければ必ず弱りますし、バランスが乱れます。いかにうまく機能を保つか、それはスポーツ選手にとっての練習と同様に、内容を吟味しながら、継続する自己マネジメントがとても大切です。気持ちでも負けてはなりません。自分自身を信じ、しなければならないことを着実に実行できるよう、自分を律することも求められるのではないでしょうか。
ともかく、人任せではなく、自分で自分の身体を保ち強くする、そのことを突き詰めて考え、具体的なプログラムを決めて実践すると共に、周囲の人をうまく巻き込み、手伝ってもらうのです。スポーツ選手でも、高齢者や障がい者でも。こんな風に生きる人たちが増えれば、日本がスポーツ大国と呼ばれるだけではなく、超高齢化の中でも元気でイキイキとして、やり甲斐と笑顔のあふれる高齢者の暮らす国になるのではないかと勝手に想像しています。