固定観念に固った治療

 日本のヘルスケア体制の特徴は、「多い病床、長い入院、少ない職員、そして、多い外来受診」である。国際的に飛び抜けているこれらの数値をヨーロッパ並みに変革させることが財源確保ともなり、医療制度改革の本質である。4月末に出された「これからの医療提供体制の改革のビジョン案」によれば、2番目に上げられている「質が高く効率的な医療の提供」の中にある「医療機関の機能分化・重点化・効率化」がその主題である。このテーマの実現に向けて、医療機関が自ら気づき、改革を進めていくのを待っていては、いつまでたってもらちは空かないと、外部からの攻め手を繰り出している。医療法や診療報酬制度を改訂し、ケアの標準化を進め、それぞれの施設のケアに関する情報を集め、公開し、一方で、患者、そして保険者の機能を高め、彼らに医療機関の選択、選抜をさせる仕組みを準備している。開設者の規制を取り払う動きも、こうした選抜への圧力とみることもできる。
 ビジョン案では急性期医療に関して、「医療従事者による手厚い治療・サービスの重点・集中化を通じて、早期退院が可能になり、平均在院日数が短縮され、病床数は必要な数に集約化されていく」とある。病床数と平均在院日数と職員数は、三つどもえの関係にあり、平均在院日数の短縮が病床数の減少につながり、結果的に病床あたりの職員数が増加すると考えた方が、政策誘導の方向としては理解しやすい。また、このビジョンでは、急性期病床と一般病床が同一のものではないとし、一般病床については「地域のニーズと医療機関の選択により、難病医療、緩和ケア、リハビリテーション、在宅医療の後方支援などの特定の機能を担う」と定義づけている。その他病床を「一般」と「療養」に選択して届け出る期限は8月末に迫ってきている。こうした行政主導の手段により、冒頭に述べた日本のヘルスケアの特性のうち、「多い病床、長い入院、少ない職員」という三つの課題は、国際標準への変革がかなえられることになる。しかし、最後の「多い外来受診」はどうだろう?
 外来の受診回数による逓減制は、一部負担の増加とともに、外来受診の抑制に働く診療報酬上の仕組みであったが、今年、政治上の駆け引きとして使われ、最終的には、撤廃された。昨年の診療報酬マイナス改定で生じた診療科間のばらつき、つまり、受診回数の多い整形外科が大きな影響を受け、減収幅が目立ったことの修正である。そもそも、整形外科外来の受診回数の多い理由は、電気・牽引といった物理療法がある。長軸方向に脊柱を引っ張ることは、重力と体重という軸方向への負担を、牽引している間だけでも軽減させる効果はあると予測されるが、これはあくまで急性期における短期間の処置ではないかと私は考えている。数年間も長期にわたってこの処置を受けている方は珍しくないが、慢性疾患に対するこの処置の医学的意義は疑わしい。しかし、受診する高齢者を主体とした患者側も、気持ちのよい処置としてこの医師の処方を歓迎している。患者の窓口支払いが増加するにつれて、彼らはこの処置とその効果が負担に見合うものであるかどうか、悩むことになるだろう。
 もう一つ、受診回数を押し上げる要因がある。創傷の処置である。縫合処置などの創傷に対して、医師は当たり前のように、「毎日消毒しましょう」と指示する。患者も「洗いに来んで、よろしいか」と聞く。入浴も抜糸するまでは許可されない。清潔操作で実施した手術創であっても、対応は同じである。入院中は医師による処置回診があり、消毒し、ガーゼ交換をして回っている。関節内注射をすると、午前中に処置しても、「今日はお風呂は駄目よ」と看護師は注意する。これらの処置は国際的なものではない。
 感染に関する専門看護師を目指し勉強している当院の看護管理者によれば、感染対策の視点では、「術後24時間〜48時間、滅菌ドレッシング材で覆うこと」が推奨されており、具体的には、術後すぐに、手術室でドレッシング材を貼り、2日後には除去ということになる。とにかく、手術創は「無菌創」に分類され、消毒は不要なのである。
 無駄な処置を減らすには、医師の意識変革と患者の納得が不可欠となる。慣習として行っているから改革が進まないということ以外に、多い受診回数が経営を支えている実態を変える仕組みも必要だろう。患者も教育がいる。抜糸していない段階で受診は不要と言われても、不安を消せない人が多いと予測されるからである。
 「こんだけ良うなったら、後は自分で、教えた体操続けるんやで」と診療終了を告げると、不安そうな表情となる患者は多い。「悪なったら、いつでも来たらええねん」と説明して、渋々、頷く人もいる。また、「待たされるのもかなわんから、予約しといて」と強引に依頼されることもある。中には「先生の顔見たら、元気になるよって、また、来まっさ」とお世辞で受診をおねだりする人もいる。アメリカの精神分析での料金を彼らに教えたい気がする。
 病院に来たがるのは、年配の方が多い。若い世代は、消毒に関しても、受診が不要であることを説明すると不安というより、嬉しそうな表情となる。長期にわたる頻回の受診を指示する外来診療は、世代交代とともに、受け入れられなくなっていくのだろう。
 制度の変革が、ヘルスケアにかかる人の気持ちの変化を促進していくのを実感する毎日である。世界各国で異なる制度のもとでヘルスケアが提供されている。人が病気や怪我をすること自体に変わりはないはずで、飛び離れた数字は、いずれ、一定のところに収斂していくに違いない。なかなか面白い時代に生きているものである。