急性期医療とは何か?

 NHKに「ER緊急救命室」という番組がある。病院の救急部門を舞台としたドラマである。登場する医師や管理スタッフに個性を持たせ、日常生活のエピソードを織り交ぜながら、担ぎ込まれる患者さんを題材に描かれている。アメリカの友人(看護師)に信憑性を尋ねると、「スタッフ間の性的モラル以外は、現実的」と話してくれた。
 番組では日米の違いも感じる。GSW(銃創)が多い。ドラッグがらみの撃ち合いの犠牲者が運ばれると、その報復に、別の若者が救急室内で銃を発射したりする。こうした激しい外傷に対して、現場のスタッフたちは、実に機敏に対応する。患者を搬送する間に、救急隊員は病歴の簡単なまとめと基本的な身体兆候をブリーフィングする。入室すると看護師らがモニターを取り付け、医師が矢継ぎ早に出す指示を書き留め、連絡し、実践していく。医師はその間も必要な処置を次々とこなしていくのである。心疾患でも、脳血管障害でも、整形外科的外傷も、また、嘔吐・下痢といった消化器症状も、すべてERに来た患者は、ERの医師が担当する。問診や理学的所見、そして、検査結果から、必要に応じて専門の医師が呼ばれる仕組みである。
 この番組から、急性期ケアとは、「初期の対応が治療成果のすべてを決めるケア」であり、急性期疾患とは、そうしたケアを必要とする疾病であり、状態であるという当たり前のことを再認識した。この定義に従うと、整形外科の急性期疾患は限られる。骨、筋肉・腱、血管、神経がすべて損傷を受ける「切断肢」、一旦ダメージを受けると回復・再生能力の低い脊髄が傷む「脊髄損傷」、そして骨折した骨の断端が皮膚を突き破ってしまう「開放骨折」くらいのものだろう。これらの外傷は緊急性が高く、迅速に、適切な処置が行われることが、良好な治療結果を生む最大の要因となる。通常の骨折は「急性期疾患」ではない。余裕を持って、計画的に治療を行うことが可能である。手術室の空き具合で、医師の都合で、使用する機械や道具の手配の状況で、手術時期が設定される。「腫れが引いてから手術」という疾患は急性期ではないのだ。当然、変形性関節症は急性期疾患とならないし、人工関節置換術は、急性期ケアとは違う。手術するのか、しないのか、するならいつ、どこで、誰に、どんな方法でしてもらうのか、十分な検討と協議が行われる予定された計画的ケアである。白内障も同じことだ。これらは急性期疾患ではない。しかし、これらの疾患が治療される施設は、日本では、急性期施設ということになる。発症からの時間勝負の「急性期ケア」と、のんびり計画を立て相談できるケアが同一の施設で行われる。急性期救急診療と専門診療の線引きを明確としなければ、急性期の概念が曖昧となる危険性がある。
 さて、一刻を争う急性期ケアは、医療スタッフの能力だけで成果が決まるわけではない。発症直後の現場での対応や、搬送中の救急隊員の処置、結局、治療開始までの時間が成績を左右する。そこで急性期ケアの質を測るのに、発症からCTスキャンをとるまでの時間を基準としたり、救急室では、”Door to needle time”が用いられる。救急室に到着してから、実際にその方に必要な薬剤が体内に入るまでの時間である。まさに、時間が勝負の急性期ケアである。
 昨年の9月LAドジャースの石井投手は、ライナーを頭部に受け、昏倒した。救急車がマウンド近くに呼び入れられ(日本ではほとんどの球場で構造上無理)、頭頚部をしっかりと固定された状態(頭部を包み込むような柔らかいフレームと頚部固定用ストラップがついた担架を使用)で、彼は救急施設に搬送された。診断の結果、骨片の摘出が必要と判断され、専門施設で当日に手術を受けている。その後、1週間程度でボールパークに姿を見せ、チームメイトに顔合わせをし、記者発表を行った。
 この流れを采配したのはチームのヘッドトレーナー「スタン・ジョンストン」である。大リーグでは、トレーナーの業務は広く、権限は大きい。選手の健康管理だけではない。遠征中の交通機関での安全対策、大雨、竜巻や地震といった天変地異に対する準備、外傷が発生したときの協力医療機関のリスト作りなども大切な仕事となる。そして、選手の試合出場について責任と決定権があり、ヘッドコーチより優先する。さらに、主催ゲームにおいては、観客に発生する不測の事態への対応も任されている。彼は、石井投手への対応について、「こうした事態のために、常に球場に救急車を待機させている。今回の場合、救急車に乗せるまでに3分30秒、そして、10分以内にCTスキャンを撮ることができた」と話している。救急対応スタッフが、時間を意識している様子がよく分かる話である。
 モーターレースでは、事故のリスクを回避することは不可能である。今年の4月6日、ロードレース日本グランプリで、悲しい事故が発生した。日本期待の加藤大治郎選手のアクシデントである。新聞報道では、2時8分、先行車を追っていてコースアウトし、防御壁に激突したと推測されている。サーキット内メディカルセンターに、心肺停止状態で搬送され、蘇生処置を受けた後、2時44分ヘリコプターで県立総合医療センターへ運ばれた。しかし、回復しないまま4月20日に亡くなった。
 野山で行われるモトクロスとは違い、レースは管理可能なサーキット内で行われる。それなのに、レースの模様がモニターされていない。そして、危険なレースであるにもかかわらず、救急の体制が不十分に思う。起こる可能性を「イメージ」していないから、「マネージ」ができていないのだ。組織の中の管理を見るとき、「イメージ」の不足から「マネージ」の未熟さを認める例を経験する。何が起こるのか、「イメージ」をわかせることから、体制の整備が始まると痛感している。