品性・品格のある組織医療

 原稿を書いているのは2月の終わり、もうすぐ春場所が始まる時期だ。相撲界は、先場所、長い間トップに君臨して絶大な人気を誇った貴乃花が引退して、人気の低迷が懸念されている。彼には「ご苦労さま」と言いたいが、引退の決断に至る過程は、スポーツ整形外科医として釈然としないものが残る。「たかが半月板ごときで、辞めなければならないか」という疑問である。
 当時のサッカーのジャパン監督トルシエ氏に紹介されて、フランスで処置(関節鏡による半月板切除)を受けた彼は、一年ほどたって一場所出場したが、結局、大した成績を残せず引退した。小泉首相に「感動した」と言わせた武蔵丸との一番が、命取りになったという解釈が多い。武双山との一番で膝を痛めた彼が、千秋楽無理に出場し、本割りでは簡単に破れるが、決定戦で快勝、鬼の形相を見せ、日本人の心の琴線に触れたのだ。仕切りの際、関節を戻すように膝を廻す仕草が印象的だった。半月板損傷は適切に対応すれば、現場復帰できることは、実績から明らかだ。さらなる軟骨損傷などが復帰を妨げたとすれば、それは是非公表して欲しい。トップ選手のケガとその対応には多くの目が集まる。そして、メディアも取り上げる。それはゴシップとして興味を満足させるものであると同時に、スポーツ医学の啓蒙にとってこれ以上ないよい機会と考えるべきだと思う。だから、あの結末は納得がいかない。
 スポーツ整形外科医として、国技といわれる競技のトップ選手を自国で対処できないとは、誠に情けない。某在京球団のプロ野球選手がよくアメリカまででかけて治療を受けていることも腹立たしいが、この例はひどすぎる。
 確かに、手術の技術は世界水準ではあっても、術後の競技復帰に至るリハビリテーションやトレーニング、さらには、復帰後の再発防止のためのコンディショニングなどの体制は整っていない。施設も人的資源も不十分だ。制度として、担当者もその対価も明確ではない。それは日本のスポーツ医学の弱点だ。
 これを是正していくためにも、トップ選手は日本で治療を受けて欲しい。それが改革の第一歩となる。そして、その経過などの詳細をメディアが正しく報道して欲しい。そうすれば、国民に正しい知識が普及する。つまり、どのような治療の流れが標準であるのか、国民が知ることになるのだ。そうすると、結果的には、国民自身がこうしたケアを実践できる施設を選ぶ行動にもつながる。最終的には、日本のスポーツ医学の水準が上がると期待するからである。
 さて、この引退劇の一方では、おめでたい出来事もあった。その場所を制し2連覇となった朝青龍が場所後、横綱に推挙されたのだ。上位が軒並み不在という環境を割り引いても、彼の相撲は力強かった。横綱審議委員会は満場一致の答申を出した。しかし、この答申に至る経緯は紛糾したようだ。そのことを伝える記事には「品格を懸念する一部の委員の反対があり、議論百出」とある。昨年秋場所で貴乃花に敗れて「チクショー」と叫んだとか、微妙な体勢で物言いを付けなかった審判部を批判するとかが問題とされたようだ。
 さらに、その後も朝青龍の品性は批判の対象となっている。横綱となって、凱旋帰国したモンゴルで、民族衣装を身にまとっての写真が報道された。ある親方は、「髷を隠し、羽織袴を脱ぐとは、いくら母国の風習とはいっても横綱の自覚がない」と語ったという。また、実兄の格闘家の試合をリングサイドで応援し、勝利した兄の手を差し上げるパフォーマンスまで披露している。親方たちの苦虫をかみつぶした表情が浮かぶ。ご本人は殊勝にも「先輩横綱を見習って心技体のうち『心』を最初に鍛えていきます」などと返答している。しかし、本心では、「強ければいいんじゃないの」と呟いているように思えてならない。
 ふと、病院組織を思った。診療報酬の行方にのみ敏感で、それに合わせてしか方針を立てられない医療経営者、「ちゃんと診療していたらいいんじゃないの」とチームでの活動や約束事に興味を示さない医師、自分に責任がかからないために、ただ指示を待ち、自分からの行動しない検査技師、薬剤師や理学療法士、時間がないので看護ができないといいながら、業務改革には不熱心な看護師、彼らには品性・品格があるのだろうか? 
 卒後3年足らずで、医局から離れ、開業した整形外科医もいる。トラブルもなく経営し、借金を返したところで、うどん屋のチェーンを始めたという。開業を金儲けと割り切っているところがすごい。これで成り立つ日本の医療は、制度も顧客も甘甘である。
 顧客の品性・品格にも問題がある。どっちもどっちという結論だろうか? 品性・品格が熟成される条件を考えてみる。身近でこれを感じさせる人を思い浮かべてみた。裕福な人ばかりではない。社会的地位の高い人ばかりでもない。共通するものは、人間性ではないかと気づく。では、その人間性の評価を私は何を根拠に行ったのか?情報源は彼らの言動である。では、言動のどの部分に判断の材料があったのか?結局、実直な思いをまっすぐに貫き通す日々の行動の積み重ねだろうと思うに至った。正直なヘルスケアを実践し続けている経営者には、自然と品性・品格がにじみ出てくるのだろう。その職場の管理者たちは背筋が伸びた管理を行っているに違いない。そして、スタッフたちにもそれが伝わる。結果として、組織全体に「品性・品格」が香ることになる。付け焼き刃ではとても備わるものではない。
 朝青龍がはたしてどのような横綱ぶりを見せるか、楽しみな春場所である。