いよいよ面白くなってきた

 大阪は「食い倒れの町」です。繁華街では食べ物関係の店が並び、その密度は他の都市よりも高いように感じます。この町に長く暮らしていると、食事の分野ごとに、選ぶお店が決まってきます。中華はここ、フランス料理はあそこといった具合です。さらに、料理の内容でも、細かく分かれます。寿司ならこの店、餃子は、お好み焼きはあの店と、店の立地や価格、雰囲気など、勝手にランク付けをして自分流に使い分けるのです。懐具合や一緒に食事する人間などの状況によって、自分なりのリストから、最適の場所を選択します。何も食いしん坊の私だけが、そうした性癖を持っているのではありません。高校生でも、サラリーマンでも、家庭婦人でも、それぞれが、独自の「お食事マップ」を持っています。こうした楽しみ方が、まさに「食い倒れの町」の所以ではないかと思います。
 そんな中で、最近、よく利用する日本料理のお店があります。大将はもともと大きなホテルの和食部門を取り仕切っていた方です。糖尿病を患われたこともあり、大きな組織の中であちこちに気を配りながら仕事をするより、小さくても自分なりのやり方で人に気を遣わずやりたいようにしたいと、数年前にお店を開かれました。オープンキッチンのカウンターに8人が座れます。後は、6人がけのテーブルがあるだけの小さな店です。おじさんとの会話を楽しみながら、丁寧に作られた料理をいただいて、焼酎を飲むというのが、今の私にとって最高の贅沢です。仲のよい友人がいれば、それに勝るものはありません。時には女房が付き合ってくれます。
 初めて伺ったのは、仲のよいバーのマスターに「安くておいしい店あるで」と紹介されてからです。手書きのメニューを眺め、料理を決めるのですが、結局は定番である「お造り」になります。ところが、彼は「切っただけで出すもんやから、そんなにうまいもんやおまへんで」とびっくりするようなことを言います。でも、調理を見ていて、彼の考え方が徐々に分かってきました。とにかく、食材を大事にされます。魚やエビはもちろんのこと、一本のネギ、一つのお豆を実に丁寧に処理されるのです。そして、調理台が清潔なこと、お鍋やしゃもじもいつもピカピカです。食材や調理用具に対する愛情がひしひしと伝わってくるような厨房での仕事ぶりです。それが分かり、味の好みだけではなく、ますますこの店のファンになっていきました。
 先日、家族とこの店を訪れました。息子が「鰹のたたき」を注文しました。鰹をさばき、串を打ち、焼いてから、切り分け、まな板の上で味付けして盛りつけ、薬味を添えます。切り分ける時、焼いた鰹の端っこの部分を捨てます。それが結構大きいので、息子が、「もったいないな」とつぶやきました。それを聞きつけた大将は、「これをお客さんに出すような商売やったら、してまへんわ」と笑いながら返しました。食欲旺盛な若者としては、焼きが回ったところもいただきたいということだったのですが、職人としては到底出せるものではないという話です。
 この時、病院経営コンサルタント業と称する会社が、改定への対応策を見てくださいと作成した資料を届けてきたことを思い出しました。今回の診療報酬改定は、制度創設以来のマイナス改定として、内容が注目され、出された中身は、業界に波紋を呼んでいます。ある団体の緊急アンケートでは、平均で2.7%という下げ幅が本当なのか、疑問が生じるほどで、軒並み5%以上の収入ダウンという厳しい内容と評価されています。この情勢から要請が高いのでしょう。「すぐにできる対応策」をひねり出して並べた資料が先のものでした。
 来年の8月までに、急性期を担うのか、療養病床でいくのか、それぞれの病院は、自院の機能を明示しなければなりません。そして、機能を明らかにするための時間は、ほとんど残されていません。方針を明らかにするかどうかだけではなく、急性期にしても、療養病床でも、実際にどのような診療を行っているか、が問われています。「今できていること」が評価されます。これから「急性期でいく」という願望だけでは、事業を継続できないシステムです。
 小手先の改定対応策を眺めていて、焼かれてしまって「たたき」とは言えなくなったしっぽの部分をどうしたら、料金を取れるようにできるかという工夫が並んでいる気がしました。いかに、おいしい「たたき」を作り、お客さんに喜んでもらおうかという基本的な姿勢はどこにも感じられません。「こんなもんを客に出せるかい」という職人の気概がどこにも感じられないのです。
 整形外科診療では、高齢者を中心として通院頻度が高いため、外来の逓減制の導入は大きなインパクトです。彼らに対して、「電気」や「牽引」といった物理療法を毎日のように行う診療が一般的だからです。はたして、こうした治療が、本当に高齢者の健康を守り、疾病を効率的に管理していることになっているのか、私は疑問を持っています。新しい仕組みに変更されることにより、患者さんの利益が本当に損なわれるのか、詳細な検証が必要だと感じています。しかし、この変革に反対する理由が、単に自分たちの収入が減少するからというのでは、周囲を説得する材料にはならないことだけは確かだと思います。こうした、通院頻度の高い患者さんに対して今後どのような指導を行っていくのか、医療機関や医師としてのスタンスが問われることになるでしょう。まさか、急に、来ないでいいとは言えないでしょう。
 医師は職人だと思います。料理屋の大将と同じです。その職人が信念を捨てたら、職人ではありません。商売人です。誇りを持って仕事を続けるためにも、自分(たち)ができることを限定すること、その領域で、本当によいと考えるものを決めること、そして、それを、的確に効率よく提供するシステムを作ること、に集中することだと思います。いよいよ面白くなってきました。