ベットは誰のものか

 私が大学を卒業して24年が過ぎようとしています。大阪を離れて、本州の西の端、山口で学生時代を過ごしました。卒後、大阪に戻り、大阪市大に入局したために、山口にはお世話になったのに、不義理をしているような、申し訳ない気持ちでいます。ただ、個人的には学生時代に、山口の人と結婚したために、今でも、女房の郷であり、縁が切れることはありません。時々、山口を訪れると、町並みや道が、自分の在学時代とあまりに違っていて、驚きます。それでもところどころで懐かしい景色に出会い、ほのぼのとした気持ちになります。
 今回、その山口で、同窓会を開くから集まれという連絡がありました。文書の通知だけではなく、わざわざ幹事さんから出席要請の電話までつきます。予定がないのなら、是非、何をおいても集合せよというのです。元来、私は同窓会が苦手です。何か気恥ずかしいし、人の自慢話を聞かされるのもうんざりだという気持ちもあって、大学に限らず、あまり積極的に参加していませんでした。しかし、下関でふぐを食べながらの宴会ということと、医師のリクルートのとっかかりがつかめるかもしれないという下心もあって、卒業以来、初めて出席しました。100名あまりの同級生の中で、すでに、3人が亡くなっています。残りのうち、約半数に当たる45人の参加がありました。幹事さんの熱意によるのでしょう。すごい出席率です。
 
会場にはいると、「お、島田やないか」と声がかかります。「おお」と返事したものの、誰か分かりません。じっと見ていると、昔の面影が浮かんできて、イメージは湧くのですが、名前までは出てきません。何人かとそんな風に挨拶を交わしているうちに、宴会が始まりました。最初の居心地の悪さは、次第に解けてきて、昔話に花が咲きます。一人ひとりが、一言ずつ近況報告するといっても、何せ大人数です。一人一分半までと幹事から厳しい注文がつきます。それでも、お互いに、久しぶりにあった懐かしい顔ぶれが、今、何をしているのか、興味津々です。話の途中で、質問が飛びますし、ヤジや拍手も加わって、にぎやかな限りです。なかなか、全員を紹介し終わりません。
 話は、今の仕事の状況と、子供の話題がほとんどでした。開業している仲間が7割はいました。母校の大学に残っているのは、わずかに3人です。勤務医として、病院勤務している人たちも、ほとんどが、部長、副院長、院長といった管理職に就いていました。しかし、ひときわ、大きな拍手を受けたのは、学生時代それ程目立った存在ではなかったS君の話でした。彼は、関西で開業する内科医です。自分の診療では、計算すると5分で一万円の収入があると公言したのです。カラオケルームのついた5階建ての自宅は、2億円かかったそうです。みんなが、どんな診療をしているのかと、どんどんつっこみます。見事に割り切った錬金術のような診療ぶりに、みんなは「ちょっと、問題だよね」という顔つきをしながらも、「そんなに稼げて、羨ましい」という本音も漏らすものもいます。
 
子供の教育費用を何とかするには、開業しないとどうにもならなかったと話した仲間もいました。勤務医の人たちは、経費で落とせる立場が羨ましいと、「領収書なんか、いらんわ。何の役にもたてへん」とこぼします。
 ふと、こんな話を患者さんが聞いていたら、どんな印象を持つのだろうと思いました。「医者は楽と思ってたけど、なかなか大変なんやな」というのか、「いくら、お金がすべての世の中かもしれんけど、もうちょっとは期待しているような話せーよな」とあきれられるのか。これだけ、連日のように、医療にまつわる事故や犯罪の報道が続くと、一般の方からの信頼を取り戻すのは容易なことではありません。しかし、こうした内輪話は、きっと、好感を持って受け止められることはないでしょう。そんな雰囲気の中で「夢のない話せんと、頑張ろうや」と突っ張ったところで、浮き上がってしまい、どうにもならない感じがしました。
 その時、戦後の日本人の価値基準が、「損得」だけになってしまったと嘆く論説を読んだことを思い出しました。日本人は戦後、決断する時の判断基準として、「正邪」や「善悪」でも、「好き嫌い」でもなく、「損得」を考えるというのです。つまり、その決断により、結果的に、損するのか、得するのかを計算して、行動するということです。自分のやりたいこと、また、進むべき道が、得することと一致しておれば、こんなに苦労することはないのでしょうが、実際は、そんな恵まれた状況というのはそんなにあるものではありません。自分のしたいことを貫き通せば、あまり、儲かることはないと思います。得しようとすれば、自分の本意ではないやり方を取らないといけないかもしれません。開業医としてうまい(?)やり方で大成功を納めているS君の人生が、出席者全員にとって、納得できるものではないような印象でした。しかし、一方では、物質的に苦労しない立場をうらやましくも、みんな感じたと思います。
 私たち、病院経営者も今、否応なしに、決断を迫られています。一般病床か、療養病床か、病床規模は減らすのか、外来はどうするのか。決断に際して、何を基準にしていくべきでしょう。経営者としては、事業存続の責任があります。その意味では、「損得」を忘れるわけにはいきません。しかし、今回、同窓会に出席して、損得ではなく、もっと、「やりたいこと」「やるべきこと」に集中するのも、自分らしいかもしれないなと再確認できました。
 翌日、ゴルフは雨の中でのもので、成績はさんざんでしたが、それなりに、肩肘張らない仲間との交流も捨てたものではないかもしれないと感じました。嫌がらずに、これからはお誘いがあれば出てみようと思って帰路につきました。