まだまだ多い無駄な医療

 腰に悩みを抱えて多くの患者さんが診察に来られます。原因として一番多いのは、骨や神経ではなく、疲労をベースにした筋肉性のものです。筋肉ですから、特別な医学的処置は不要です。安静にして、時間を待てば改善していくのが普通です。温泉に浸かっておいしいものを食べ、マッサージを受けてゆっくりとすれば、心理的にも緊張がほどけ、筋肉の循環が良くなって痛みも消えていきます。電気というのも、奥の方での血の巡りをよくするということで、効果があるのでしょう。腰痛には、民間療法を含めてたくさんの対処法があります。こうした方法を批判する意見もありますが、実際に効き目が出ているからこそ、廃れずに利用されていることを認めなければなりません。それは、筋肉が原因である腰の痛みが多いことを考えれば納得のいく話です。治療サイドが余計なことをせず、本人も疲労を避けるようにさえすれば、筋肉性の腰の痛みは自然に消えていくのです。したがって、治りが悪い腰の痛みは、原因が筋肉ではないか、誤った治療が行われているか、本人が無理をしすぎているか、のうちのどれかだということになります。
整形外科医の重要な役割は、腰の痛みが筋肉性のものかどうかを見分けることです。そして、それはそれほど難しいことではありません。どんな風に起こったか、どの部位に感じるどんな種類の痛みか、どんな動作で痛みが強くなり、どうすれば楽になるかなど、詳しく尋ねていくと、おおよその見当はついてきます。しかし、現実の診療では、問診に時間をかけることが少なくなりました。それは深刻な問題で、腰が痛いと聞いただけで、「じゃ、レントゲンを撮ってきなさい」と指示されることが多いのが実情でしょう。
なぜ、レントゲンを撮影するのでしょうか? 骨腫瘍や感染といった重症例を否定するためというのが医学的な理由です。また、患者さんが要求するからという理由をあげる先生もおられます。「あの先生は、レントゲンも撮ってくれへん」と前医の文句を言う患者さんに私も出会ったことがありますから、それはあるかもしれません。しかし、その時に、医師の頭の中にレントゲン撮影による収入のことがあるのを否定はできないと思います。理屈を理解してくれる人には、レントゲンの必要性が低いことを説明する診療もありでしょう。それは、確かに、労多くして、報われることの少ない作業ではありますが・・・。
レントゲンを撮ることによってプラスの面もあります。何といっても、骨に異常がないことが確認できます。その結果を患者さんに説明すれば、安心できますし、痛みの原因が筋肉であることも理解しやすくなります。それによって、運動療法など積極的な対策にも協力していただきやすくなる利点もあります。しかし、困るのは、加齢に伴う変化や少しの配列の「ゆがみ」や「ずれ」がある場合です。レントゲンでの異常は認めるけれども、それは今の症状とは直接の関連はないという事態もまれではないのです。これを理解していただくのは、多少、骨が折れる作業です。大してお話を伺うこともなく、所見を取る診察もおざなりで、レントゲンだけをみる医師は、大げさにレントゲン上の異常を指摘するでしょう。時には、「年やからしゃーないな」とあきらめろといわんばかりの説明をするかも知れません。聞かされた方は、落ち込みますし不安は増大します。診療の成果としてはマイナス面しか残らないことになります。
腰だけの痛みではなく、腰からお尻や足の方にかけて痛みやしびれがひびくような例では、「椎間板ヘルニア」を疑います。しかしレントゲン写真では、異常を見つけることはできません。椎間板や神経を映し出するMRIを撮ることが必要となります。しかし、何より重要なのは、きちんとした診察です。神経は嘘をつきません。傷んでいれば、正直に、その担当している機能に影響が出ます。綿密に所見を検討することによって、確実な診断にたどり着くことができます。骨腫瘍やカリエスのような感染による腰の痛みは、見落とすと影響の強いためきちんと診断しなければならない疾患です。これらの病態でも、詳しく痛みの状況を伺うことが、見つける時の大きなヒントになります。正しい診断をつけること、そして、起こっている状況を患者さんに分かるように説明し、病態が理解できたことを確認した上で、治療しないことを含めて、治療法の選択肢を提示すること、そして、決まった治療について的確な技術を提供し、その成果を科学的に分析することが、臨床家に求められています。そのためには、詳しく病歴を伺い、丁寧に所見を取らねばなりません。そして、相手に届く言葉で分かるように説明もしなければなりません。技能が上がった医師ほど、レントゲンなど検査をする例は少なくなります。すでに、診察室の中でスクリーニングにかけているからです。結局、こうした診療形態は、一人当たりの診察時間が長くなります。一方、診療単価は安くなります。
今回の医療制度改革の議論を聞いていて、自分自身の経営者としての立場と、こうした診療現場での医師の立場からとの違いにうまく適合できずにいます。自己負担が増えることによって受診抑制がかかることは十分予測されることです。しかし、そのために本当に、日本国民の健康は害されるのでしょうか? サロンのようになった待合室や、数年以上にもわたって電気や牽引を続けている姿を見ると、この人たちに医療ケアが要るのかと思ってしまいます。本当に必要な人に必要なケアを、待つことなく、適正な場と価格で提供するためには、少なくとも、診療における無駄は排除しなければならないでしょう。何が無駄で、何が無駄でないのか、判断できるのは担当技術者である医師しかいません。これからの医療制度を考えたとき、現場の医師として、また、苦しみながら運営に当たっている経営者として、誇りをもって発言することも必要ではないかと感じています。