ときに治し、いつも治す

 私どもの病院でも、利用者の方からのご意見を吸い上げ、サービス改善へのきっかけとしようと、投書箱を設置しています。サービス業では、「お客様からのクレームがでたときにはもう遅い」と言うそうです。サービス提供側が利用者の使い勝手などを想定して周到な準備をするべきだという意味でしょう。しかし、治療優先で、利用者が医療者の指示に盲目的に従ってきた歴史のある医療業界では、なかなかそうしたサービスは根付いていません。場合によっては、クレームすら無視されます。現場では、患者さんの生の声はなかなか聞こえてきません。ことに入院の場合は、その傾向が強くなります。入院して手術を受けるとなると、ご本人だけではなくご家族も、人質に取られたような気持ちになられることは、よく理解できる話です。
文句を言えば嫌われて、「お腹の中にガーゼを詰めこまれるんちゃうか」、「安物の糸で縫われるかもな」、「看護婦さん呼んでも、コールを押しても、最後に回されるンちゃうか」、「新米で、下手くその看護婦を選んで注射させよることもあるで」、「わざと効かへん麻酔をするかもしれん」など、心配で、猜疑心は膨らみます。そこで、医療者にはおべっかをします。愛想笑いも浮かべます。揉み手もします。ナースステーションに手土産を持参したり、お礼を包もうと考えます。気に入られることなら何でもしたくなるような心境になるのです。
 こうした状況では、良いか悪いかを問うような満足度調査はあまり意味がありません。良い評価になって当たり前だからです。質問内容を吟味するべきですし、集まった回答の分析・評価には慎重になる必要があります。そこで、本当の声を聞きたいと、外来に数カ所、投書箱を設置しました。誰でも書き込めるように、用紙と筆記用具も取り付けました。どんな内容のものでもオープンにしようという基本方針です。回収された投書は、院内ネットワークのメールボックスに入力されます。誰でも、見ることができます。できるだけ早く、関連した部署の管理者は、その投書に責任を持って回答しなければなりません。入力された回答には、誰でも意見を述べることができます。集約された回答案は、最終的には、院長・理事長が決済して、掲示されることになります。
 中には、お褒めの投書もあります。こんなとき、回答はすぐにでます。しかし、簡単には回答できないものも含まれてきます。それでも回答は要ります。そこで、今すぐにできないことを説明しながら、何らかの期限を持った対応策を示さなければならないのです。こうして外部に掲示することは、利用者の方に約束することと同じです。それは、職場の中からの改革よりも、強い緊張感と責任を伴います。
 「待ち時間が長い」とか、「受付の対応が悪い」という投書は、ある程度、予測していました。待ち時間は、予約診療を導入して、多少緩和されました。印象に残った投書もありました。当院で膝の手術を受けた62歳の方からのものです。長くなりますが、原文のままご紹介します。「私は、○月○日にヒザの手術を受け、もうすぐ退院する者です。当院の皆様にお世話になり、お陰様で無事退院するに際し『感謝の気持ち』として素直な意見を述べることが『そのお礼』になるのではと思いこれをしるすことにしました。そのわけは、初めて来院したとき(9月1日)廊下で見かけた新聞の『病院のアメニティ』、『サービス業の考え』に興味を覚えたからです。『理念』に沿った病院に一歩づつ近づく為に万に一つ参考になればと思いつつ以下記します。」こういう書き出しで始まる投書は、担当した医師、看護婦、理学療法士の服装・言葉遣いなどの対応から、施設・設備の不備に至るまできわめて詳細、かつ厳しいものでした。
 その投書に対して一次回答が出され、さらに、その回答に意見が寄せられました。ことに、施設のメインテナンスについて、「業者と協議して対応する」という文言が含まれている点について、他の部署から、「施設の担当者として、責任感が欠如しているのではないか」という意見がでたりしました。最後に、投書は「以上まとまりもなく、感ずるままに乱筆で記しました失礼お許し下さい。この病院を少しでも良くしたいという気持ちに免じて!理念は立派です。その思い、各部門はどうするかをつみ重ね実践例で全スタッフにテキストとして徹底して下さい。責任者はOJT(仕事の中で)具体的に指導し続けて下さい。理事長・院長→TOPの考えは業容拡大中で今は徹底しにくいと感じますが、手を抜くと病気と同じで建て直しに倍時間がかかります。TOPの考えは次の立場の人に・・・上から下まで理念が真に同一になって下さい!」と結ばれていました。
 まったく仰るとおりです。掲げた理念がいくら立派でも、現場で行われるサービスの実態がそれとはかけ離れていては、何にもなりません。痛いところを直球で攻められたような感じです。しかし、最初にこの投書に触れたときの心情は、何だかよく分からないけれど「感動」でした。この文章の中で、何が私の心を刺激したのか定かではありませんが、胸が熱くなりました。
 理念が明示されていない病院はだめだといわれます。しかし、似たり寄ったりの理念をいくらきれいに掲示し、唱和を強制しても、問題は現場でのケアであり、管理者の姿勢です。本当の機能評価は、利用者からの厳しい目に曝されたものでなくてはならないでしょう。新しい年、いや、世紀を迎えましたが、私自身は原点に回帰したような気分です。ケアとは何か、ケアの現場で、一人でも多くのスタッフが、こうした問いかけをしながら業務に当たってくれるように、地道な教育がすべてを決めると強く思います。
 今年でこの欄を担当して6年目を迎えます。一つも成長していないような気がして、とても読み返す勇気はありません。皆様からの厳しいご指摘を期待しております。今年もよろしくお願い申しあげます。こうなれば、止めろといわれるまで続けます。