これからのヘルスケア −ご本人の意志と医療者のサポート−

 糖尿病という病気があります。尿に糖がおりる病気と理解されがちですが、本当は血液の中の糖分がなかなか一定の値にならない病気です。尿にも糖分が出てしまうのは、そのためです。

 そもそも、私たちが食べたり、飲んだりすると、胃や腸を通ります。そこで栄養分は吸収され、血液の中に取り込まれます。したがって、食後には、血液の中の糖分は高い値となります。それを肝臓や筋肉や脂肪組織にしまい込むために活躍するのが、膵臓から分泌される「インスリン」というホルモンです。このインスリンが正常に出ないと、いつまでも血液中の糖の値は高いままとなり、影響が出てきます。のどが渇いたり、おしっこがたくさん出るのも高い糖分のためです。

 こうした状態が長く続くと、血管の壁が傷んだりして、眼や腎臓に悪い影響を与えます。また、末梢の神経にも炎症が起こり、手足のしびれを引き起こします。しびれは、命に直結するわけではありませんが、眼に来ると失明の危険があります。腎臓は身体の不要な老廃物と必要な栄養素を分別して排泄させる器官ですから、これがおかしくなると、大変です。時には、腎臓の働きがなくなってしまい、血液透析といって機械の中に血液を通して、老廃物を出してもらい、いわば、人工の腎臓の役割をする治療を定期的に受けないといけなくなることもあります。腎臓移植を行うと、こうした治療を受ける必要がなくなるので良いのですが、なかなか提供されず、広まっていません。

 さて、この糖尿病の治療は、軽症の場合、食事療法や運動といった日常生活の注意で改善します。しかし、重症となると、内服の薬では効かず、インスリンを注射する方法をとることがあります。本来は分泌されるはずのインスリンが体内では出てこないために、体外からそれを補充することになります。それがインスリン注射です。医師や看護師、薬剤師から十分説明を聞き、ご自身も勉強した上で、自己注射というやり方を身につけた方も大勢おられます。

 先日、こうした糖尿病を十数年患っておられて、自己注射をされている方が外来受診されました。彼は、数ヶ月前、脳梗塞を起こされ、右半身が不自由となられました。受診された動機は、リハビリテーションが目的だったのですが、その時、今まで自分でできていたインシュリンの自己注射が障害のためにできないという話が出ました。それを聞き止めた看護師から、何とかならないかと学習が始まりました。

 インスリン注射はペン型のものが主流です。いずれもダイヤルを操作し、注入量を決めて打つことになります。問題はその操作するダイヤルです。小さなダイヤルは不自由となった手には操作がきわめて難しいものです。さて、どのようにして、この問題を解決すればよいか、みんなで相談です。まずは、資料を捜しました。すでに、こうした例の自己注射のための補助器具を作成しているという報告を見つけることができました。その施設では、看護師を中心として、片麻痺となられた方の自己注射をサポートする活動が行われていました。その病棟はリハビリテーションの専門病棟でした。理念として「障害を持つに至ったとしても、その人らしさを失わないケア」の実践を行ったということです。

 いろいろと、批判を浴びることの多い今の医療業界ですが、こうした地道な活動を見つけて、本当に救われる思いがしました。糖尿病という病気を自己管理されている方が不幸にして身体の障害を残す疾患にかかってしまわれた。しかし、何とかして、もともと行っておられた糖尿病の自己管理はこれからもご自分で続けて欲しい。そう願う医療者の心がひしひしと伝わってくるような報告書でした。

 早速、当院の薬剤師、看護師、そして作業療法士にこうした補助器具の作成を依頼しているところです。実際に患者さんにお使いいただけるようになるまで、改良の日々が続くと思いますが、一日でも早く、ご自分で以前のように自己管理ができるように、みんなで知恵を出し合おうと話しています。これからのヘルスケアのあり方は、自分の生活や人生を、疾患や障害があっても、何とか自分らしいものに保つんだという強い意志を持った自立した患者さんと、その思いを理解し、知識と技術を出し合い、その方らしい行き方をサポートしようとする複数の医療者との協働作業で成立するのだと再確認することができました。そのために、私たち医療者は常日頃から、「はぁと(心)」と「はんず(技術)」を磨いていかなければと身の引き締まる思いがしています。